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かねがねまわりの人には言っているのですが、自分が競技を長いこと続けているのは、技術的な部分の継続性よりもメンタルな部分をいかに高めていくかということに趣をおいているかということです。 子供に多いのですが、「運動会で走ったら速かった→技術的なレベルが比較的高く陸上競技に入る」というパターンは多いのですが、それがすべてではありません。昔、テレビでやっていた「巨人の星」をみて野球にはまっていった子供もたくさんいましたね。まあ、競技への入り方というのは人様々です。 いろんな種類のスポーツに取り組む人たちでもいろんなタイプ(外見)の人がいます。 例えばスイマーは肩幅が広く、でも、身体のラインはゴツゴツしていません。ウェートリフティングの選手は、今にも筋肉がはち切れんばかりにモリモリと。柔道などの格闘家タイプは顔つきが鋭い。ほかにもいろいろありますが、外見がそのように変化していくのは、そのスポーツの持っている特性によるものではないかなというように思っていました(職業でも同じだと思いますが)。 その疑問を解決してくれたのが、今日のタイトルの「トップアスリートに学ぶ『身体の力』を引き出すメンタルトレーニング(高畑好秀著:青春出版社)」です。この本では、自分の特性を知るために「4つの性格特性」のテストがあります。
さっそくテストをしてみました。 結果は、「内発的モチベーション×自由度の高さ」の中の特に持久系と緻密系の点数が一番高かったという結果が出ました。まあ、自分の中でもある程度うなずけるものがありましたが・・・。 この本の中では、そのタイプごとにその能力を最大限に引き出せる方法が書いてあります。また、ビジネスなどの分野でも生かせるように、他の系を伸ばしていく方法についても書かれています。 最近、競技に対するモチベーションが下がっている人。競技に行き詰まっている人。必読の一冊です。
本日出かけたのは、近所のUFJ銀行です。 当初は、「100円玉3枚 → 1円玉300枚」にする計画でしたが、両替する枚数が50枚を超えると手数料が発生する(知っていました?)のでとりあえず「100円玉3枚 → 50円玉6枚」にしました。 しかし、それではどうしても収まりがつかないので、「1000円札1枚 →10円玉100枚」に替える計画を立てました。こちらは、自動両替機で出来ます。こちらはお父さんのキャッシュカードを入れて「1000円札1枚 →10円玉50枚+500円玉1枚」。さらに母のカードを使って「1000円札1枚 →10円玉50枚+500円玉1枚」にして、念願の10円玉100枚計画が成功しました。 ポケモンのカンカンに10円玉をじゃらじゃら入れてニコニコです。 でも10円玉3枚に緑青(ろくしょう:銅に出てくる青緑色の錆のこと)がふいているのが気に入らないらしく、母に「この3枚いらなーい!」といって渡しています。 こうして、生まれて初めてかずたかが銀行に行った用事は自分のお小遣いの両替でした。
その記事は、71ページの「プロフェッサー山地のマラソン学探求(山地啓司:富山大学教育学部教授)」です。今回が第5回目でサブタイトルが「マラソンのトップ集団の心理はドラマのように変化していく だから見ていて面白い?」です。 この中で、全くその通りと私が常日頃から思っているのが「類は友を呼ぶ」のところです。 「ランナーが優勝や上位に食い込もうとする場合には、(中略)同じ気持ちのランナーが集まり、トップ集団(等質集団)を形成する。後続の集団もトップ集団ほど等質の集団ではないが、それでも少しでもいい記録で走りたいと集まってきた集団であるので準同質グループである。」というところです。「ハイレベルの記録を狙おうという場合の市民ランナーの集団」がここでいうところの「準同質グループ」に相当します。 「マラソンに見られるこれらの集団は最初から競争意識むき出しにして走るのではなく、『一緒に走りましょう』という友愛ムード、共存共栄を意識した集団である。」という部分は、非常にその心理をとらえているといえます。 また、「集団の特性として、向かい風になるとランナーの密度は濃縮され、形容は細長くなる。それに対して追い風になると、背に風を一杯に受けられるように密度は希薄になり、形容は横広になる(以下略)。」とある。全く同感です。山地先生よくおわかりだなーと思う。 さらに、ここには書かれていませんが、この集団が大きい場合、給水で水を取り損ねることも大きくなります。そういう場合は、給水をして余った水を回しのみをすることも珍しくないのです。ほかにも集団のペースが落ち出すと前に出て集団のペースを上げる人間が出てきます。こういうことを繰り返しながら、この集団は共通の意識を持って記録を狙いに行きます。これは、私の経験した事実です。 このようなことがあからさまに体験できる大会は少ないです。特に、タイムが早くなればなるほど限られてきます。 2時間30分が目の前に迫っていた数年前(最近はサッパリですが)、この意識を持った集団がたくさんいる大会を渡り歩いていました。この「2時間30分を切ろう」と狙っている集団が多く発生するのは、別大(別府大分毎日マラソン)や防府(防府読売マラソン)などです。当然のことながら、そのタイムで走りきる人が多く発生しています。 気象条件的に風の強いところや地理的に起伏の激しいところは記録を狙うという意味ではこの心理以前の問題ですが、コース条件がいいというだけでは記録が出ません。これらからの心理的な結束が高まる集団が発生しやすい大会の方が好記録が望めるのです。 最後に好記録が出やすい大会をまとめると次のようになります。 3月News「日比野賞中日豊橋マラソンで好記録が出ない謎」の一部改良ですが基本的な考え方は同じです。サブスリーを狙うにしても基本的には同じです。この条件に合う数の多い方が好記録が出やすくなってきます。
昨日開催の全国高校駅伝は、出場者が高校生で一般には知名度は今ひとつですが、そのレベルはトップクラスは実業団と遜色がありません。「すごいなぁー!」と思う反面、早熟すぎて高校生で燃え尽きてしまう、一昔前に流行った「バーンナウト(「燃え尽きる」の意)症候群」になってしまわないか心配です。 さて、その問題はさておいて愛知県の地元・豊川工業高校。やってくれましたね第2位(男子)。優勝した仙台育英高校(宮城県)とのタイム的な開きはありますが、これまでの最高順位、最高タイムです。 今年で7年連続愛知県代表(男子)。これまでは、中京大中京高校や愛工大名電高校など私学が代表だったのですが、公立高校が連続出場をここまで続けているのです。この強さの秘密。もちろん走ったのは豊川工業高校の高校生たちなのですが、高校生らは3年間で卒業するので当然のことながら指導者(監督)って誰?ということになります。 豊川工業高校の監督を平成5年から引き受けているのが渡辺正昭監督です。就任の翌年の平成6年には、県高校駅伝で9位。平成7年・8年は3位。平成9年は2位。そして平成10年から今年までの6年間は優勝し続け、県下の代表として都大路に出場し続けています。 渡辺監督は、昭和37年に新城市で生まれています(おっ、私と同じだ!)。日体大の3年の時には箱根6区(山下り)を走っています。 その後、昭和61年に教員採用試験に合格し、県立一宮高校に赴任しています。しかし最初に担当したのは水泳部。陸上競技部の顧問をしたのは4年目から。一宮高校での監督は3年間であったのですが、この間に、京都大学→旭化成と進んだ佐々勤も指導しています。 7年間一宮高校で教鞭を執っていたため、異動も出身の東三河の高校を希望し、その先が豊川工業高校だったのです。 当初は、高校内でまじめに陸上競技を取り組んでいる者などいなかったところから、1人ずつクラブに出てくるように声をかけたところから始まります。グランドの整備をしたり、練習日誌を提出させたり、その努力はまさに手作りです。 以下並々ならぬ努力によって7年連続愛知県代表として都大路に出場できる公立高校になっていったのです。詳細は、「たすきがくれた奇跡 豊川工業高校陸上部物語(荻野滋夫著、郷土出版社)」に書かれています。初版が平成14年11月ですが、今読んでも十分に新鮮な内容です。
行ったのは、「カレーハウスCoCo壱番屋・大森店(名古屋市守山区大森4−1616)」です。 最近どういうわけか、”辛いカレー”を食べるのが好きなようで(おしりが痛くなるぞー!)、家でもバーモンドカレーからジャワカレーへと種類が変更されています。最初は5辛を食べると張り切っていましたが、まあ、「2辛くらいにしておいたら」ということで小学校2年生の分際で「2辛」に挑戦です。 頼んだのは、ビーフカレー(基本料金580円)+ライス200g(50円引き)+2辛追加(40円アップ)とトッピングに半熟卵(70円アップ)+豚しゃぶ(250円アップ)=890円の豪華カレーです。 注文から待つこと10分。「2辛カレー」が到着しました。ここでカレーハウスCoCo壱番屋の辛さの紹介をしましょう。
「2辛」といいながらも、いつも食べるカレーより辛いのではないかとちょっぴり緊張気味。食べ出してしばらくすると「なぁーんだ、バーモンドカレーの甘口より辛くないじゃんか!」といきなりやせ我慢(いやデブ我慢かも)。しばらくすると、「熱い熱い。カレーが熱いから食べられないなぁー」と・・・。本当に熱いのか、辛さが熱く感じているのか。しかしながら、今日はこの「2辛」カレーをなんと完食してしまいました。(ホーッ!) 次は「3辛」。ボラギノールのお世話にならなければいいのですが・・・。
チラシをたよりに、車で予定の10時からに間に合うように9時35分頃家を出かけました。 出かけた先は、「Living(ライビング:名古屋市守山区)」さんというおしゃれなリフォーム屋さんです。今回の木工教室の先生も2人とも女性で、かずたかにとっては気楽に出来たようです。 今日製作するのは、事前にかずたかと話をして決めていた「こども用イス」です。以下は、今日の製作工程です。ご覧ください。
わたくしは、12月1日付けのNews「ダブル・フルマラソンを実施します!」でお知らせしたとおり、一日、東三河の空気を存分に吸ってきました(天皇誕生日にもかかわらず走っているだけの一日で、まさに非国民!)。 首謀が、わたくし加藤と八重樫さん(名古屋市役所、菊里クラブ)でしたが、いろいろと呼びかけたにもかかわらず今回の練習会の主旨に賛同して参加したのはわれわれ2人のほか、名古屋市役所の佐藤さんだけで、合計3人で楽しく一日を過ごしました。 で、お楽しみの結果です。 八重樫さん−2往復完走! 佐藤さん−2往復完走! 加藤さん−2往復完走?・・・ならずでした。 詳細は以下の通りです。あー疲れたねー! 12月23日(木・祝)午前6時起床 さすがに最近は寝るのが遅く朝練もサボりがちなので目覚まし時計の助けを借りる。 午前6時20分自宅出発。自由ヶ丘3丁目角のサークルKで朝食を購入。以下 自由ヶ丘6:37 → 金山7:01(地下鉄・名城線) 金山7:09 → 豊橋7:58(名鉄) 朝食は名鉄の車内で摂る。 午前8時豊橋駅集合 改札口を出たところ八重樫さんと佐藤さんの姿が見える。JRで先に着いたようだ。 「これだけ?」事前にアナウンスした効果もなく3人の少々寂しいスターとなった。さっそく駅構内のコインロッカーに財布やら大きな荷物を預けてスタートする。駅から陸上競技場までも軽くジョグをしていく。 8時25分頃競技場到着。開いていないと思った競技場が開いている。午前中はどこかの高校生が練習で使うとか。ちょっくら場所を便乗させてもらい陸上競技場でさらに盗まれてもいいような荷物を置いていく。 午前8時40分スタート! 予定の8時30分より10分遅れた8時40分に競技場前をスタート。先ほどの高校生らしき子に記念に写真を撮ってもらった(左の写真。左から順に佐藤、八重樫、加藤)。 大会でもなく、6分/kmのペースなので緊張感も特にない。 今日の目的は
このコースも昨年から約4km地点にある下条(げじょう)交差点以降の進み方が右折から左折となり、姫街道(国道362号線)を通らないコースに変更された。念のため愛知陸上競技協会に事前に確認したところ、「平成17年3月の大会も同じコースで開催する」とのこと。来年3月の日比野賞中日マラソンに参戦の佐藤さんにとっては、事前の下見となった。 コースの5kmごとのチェックポイントは加藤が説明していく。八重樫さんはペースメーカーとして先頭を走っていく。 スタートしてから約1時間30分後の15.8km地点(八名井時行交差点)の店屋で小休止する。当初の予定は6分/kmであるが、休憩を挟むとペースが落ちるので実際に走っているときのペースは5分台だ。ここからは少しずつ登りながら茶畑の間を抜けるコースとなる。新城橋を少し越えたところが折り返し。何の変哲もないところだ。 1往復目なので3人とも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で復路に向かう。今日は比較的風が強い。今日が大会当日であれば最悪の日だ。 このコースの特徴として風があげられる。それも行きは追い風、帰りは向かい風とという単純なものではなく、風の吹く方向がクルクル変わる。2往復してわかったのであるが、やはり正午頃が一番風が強いということだ。 午前11時30分昼食 30.5km地点にあるサークルKで昼食とする(写真右)。八重樫さんはパン。佐藤さんと私はおにぎりを購入する。私は、ガス欠防止のためにウィダーインゼリーも購入しておいた。休憩時間約10分。11時40分に再度スタートする。 34kmあたりから県道69号線を斜め右に堤防道路へ入っていく。平坦であるがこのコースの最大の山場だ。このコース上で一番風の強いところであると言っていい。今日は最高であった。台風のように風がバンバン吹く!体は、進行方向に向かって左へ流されるわ、自分の右足で左足を蹴るわでこのコースを満喫することが出来た。 午後0時43分競技場到着。午後0時56分競技場出発 1往復目が終了。4時間3分かかる。概ね予定通り。事前に1往復だけの人は0時30分に競技場に集合するようにアナウンスしておいたが、こちらも誰もなし。加藤は、予定の写真撮影も済んだので、デジカメをおいていくと同時に、1往復目で使用しなかった荷物をさらに置いていく。 2往復目は0時56分に再度スタートした。 荷物を置いてきたので、気分的にも肉体的にも軽くなる。が足取りは重い。日曜日に東浦の10kmのロードを走って、中3日なので疲労回復が気になる。 先ほどと同じ景色を繰り返して見るため新鮮みがないが、これが今回の大事な目的の「精神力を養う」という部分の練習である。もう少し格好良くいえば「メンタル・タフネス」とでもいうのであろうか。 2往復目10km地点で遅れ出す 写真撮影のためのインターバルのような走りのせいか、それとも4日前のロードの疲労のせいか、いよいよ腰から座骨が痛み出す。足の張りは、1往復目の35km過ぎくらいから始まっていたが何とか持ちこたえていた。 2往復目の10kmあたりから少しずつであるが、八重樫さん、佐藤さんについて行けなくなる。まだ見える範囲である。こちらはかなりシンドイ。 13.9km地点の「ファミリーショップもりかわ」という自販機の並んだスーパーの前で休憩する。といっても加藤が遅れだしたので、待っていてもらったようなものだ。 八重樫さんたちに「遅れても放っておいて先に行ってください」と断っておく。 今年の冬至は12月21日。今日は12月23日。一年でほぼ一番日の短い時期である。遅れていた人間を待っていたら闇の中を走らなければならなくなってしまう。自分1人ならかまわないが、集団行動なら迷惑をかけられない。 2往復目の15.8km地点で引き返す 小休止をしながらストレッチをして再度出発する。が腰も臀部も痛い。おまけに股の付け根(大腿四頭筋の上部)がかなり痛い。足を上げるのに一番使う場所だ。 小休止から約1kmで概ね20秒以上は遅れている。明らかについて行けない。ガンバローガンバローと思うが、新城まで行って撃沈したらそれこそ迷惑である。 やむなく、1往復目に休憩した場所で引き返すことにした。八重樫さんと佐藤さんは小さな点となり、やがて見えなくなってしまった。新城橋までの往復10km分がショートカットになる。またの機会に再度チャレンジだ。 ここからの帰りは一人旅。まだ日が高いので気分はブルーではないが、これが日没後であったらかなり辛いかもしれない。先ほど来た道をとぼとぼと帰る。ペースがかなり落ちているので、寒くなってきた。帰りの堤防道路では再びウィンドブレーカを着る。 道路の距離表示の黄色のペイントの「あと5km」「あと4km」などの表示を恨めしく見ながら帰る。 午後4時43分加藤到着。午後5時2分八重樫さん、佐藤さん到着 午後4時45分。息も絶え絶え競技場に戻ってきた。 今日の名古屋の日出が6時58分。日没が16時45分。豊橋は16時43分頃であろうか。ほぼ日没に帰って来られた。先に着替えさせてもらう。このままでは風邪をひいてしまう。 競技場も午後5時になると閉められるおそれがあるので、八重樫さんや佐藤さんの荷物もあわせて競技場から出す。 とりあえず戻ってきたものの、八重樫さんたちはいつ戻ってくるのだろうかと心配になる。豊橋陸上競技場は、豊橋公園の中にあるので散歩をしている人が多い。だんだん薄暗くなってきた。時々声が聞こえてくるので、「帰ってきたかー!」と思って見に行くと散歩の人だったりする。 午後5時2分。2人の人影が見える。二人とも白いウィンドブレーカだ。八重樫さんと佐藤さんだった。「お疲れさまー!」。二人ともとても元気そうだ。完走できなかった自分としては、ちょっと羨ましかった。さっそく記念撮影をする。夕闇迫る中での帰還だ。八重樫さんは、場慣れしているけれども佐藤さんは、「いやー、完走してとても自信になりましたー!」ととても嬉しそうだ。体が冷えないうちに皆で銭湯に移動する。 銭湯は石巻湯へ 当初、インターネットで調査しておいた銭湯「菊乃湯」に行く予定で歩いていたのであるが、八重樫さんが目ざとく「ゆ」の文字を発見!予定を変更して「石巻湯」という銭湯へ立ち寄りました(写真左は風呂上がり)。 この疲れた中での、風呂の気持ちのいいこと!手揉みでマッサージをしたり、ストレッチなどをすると先ほどまでのコチンコチンの体が軟らかくなってきました。 熱くもなく、ぬるくもなく、自分にとっては適温の温泉でした。 体重は八重樫さんが61kg、佐藤さんが71kg、私は67kgになっていました。夏だったらもっと激減しているに違いありません。 仕上げは居酒屋です! そうそう、今日の目的の大事なひとつを忘れていました。それは、
まあ、でもこういう練習会は気楽にかつ中人数の方が楽しいです。 また、次回の開催についてはHPでお知らせしたいと思いますの参加希望の方は気楽にご参加ください。そうそう『犬山ハーフマラソンのコース×4周』の設定でもいいかもね。八重樫さん!またやりましょう佐藤さん!
さて、最近読んだ本の中で面白かった本を紹介します。 今回のNewsのタイトルの『「できない」と言わずにやってみろ!(晝馬輝夫著、潟Cースト・プレス)』という本です。初版は、昨年の2月なので新書本ではありません。 この本を買ったのは、本のタイトルで決めたのではなくて著者の晝馬輝夫(ひるまてるお)さんが浜松ホトニクスの社長という理由からです。 浜松ホトニクスを知らない方に少し説明を加えておきます。 平成14年に小柴昌俊 東京大学名誉教授がノーベル物理学賞受賞したことはご存じですよね。小柴さんの研究は岐阜県の山奥、廃坑となった神岡鉱山で、光電子増倍管が設置されたカミオカンデでの研究により新しく「ニュートリノ天文学」を開いたことが認められたものです。その「光電子増倍管」の製作がは、この浜松ホトニクスなのです。 私が某県の公務員になる前、ある企業で働いていたときに光センサーの開発を担当していました。その中で、浜松ホトニクス(通称「浜ホト」)のフォトダイオード製品を検討したことがありましたが、カタログの性能は無茶苦茶いいが、値段も無茶苦茶な値段!「こんなもの誰が買うんだろうか?」と不思議に思っていました。高感度を追求する製品を作るわけではなかったので、浜ホト製のフォトダイオードは使用することはありませんでした。 当時からなかなか奇抜な会社で、浜松といえばオートバイ、楽器というのが相場の中、新しいことにチャレンジしているということで当時(今から20年ほど前)でも光関連業界ではユニークで技術力が高いということで有名な会社でした。 今回久しぶりに本屋さんで「浜松ホトニクス」という文字が目に入ったので購入することにしました。(続く)
生活発表会は、10月の運動会と並ぶ親の関心のある行事のひとつです。 さて、年長さんの出し物は「さる地蔵」。 さる地蔵とは、 「茶目っ気のあるおじいさんが、お地蔵さんに変装してサルからお供え物をもらい、それを見ていた隣のおじいさんもマネしてお地蔵さんに変装しますが、あと一歩のところでばれてしまい、サルたちにいじめられてしまう」 という日本昔話です。 目立ちたがり屋のゆかこは、もちろん主役のおじいさん役(写真はお地蔵さんになってお供え物をたっぷりもらったところ)。原作をかなりアレンジしていましたが、担任のいとう先生の上手な指導で面白い劇になっていました。 ちょっぴり緊張していたところもあったけれど、はしゃいで楽しそうにそれぞれの役を演じていたあお組(年長)のみんなでした。 それにしても凄まじいギャラリー!あの狭い遊戯室がムンムン。お父さん、お母さん方の関心の高さがうかがえます。
餅つきは、私が中心となってセッティングしたもので、8月の学童保育所のキャンプ以来、久々、私の分担となっているイベントです。餅つきは、キャンプほど大がかりなものではないので、打ち合わせは1回だけでしたが、昨年同様この日は、 @餅つき(午前11時〜午後2時頃(準備とあとかたづけを含めると、午前9時から午後3時頃)) A父母会(午後5時〜午後6時) B学童忘年会(午後6時〜午後8時30分(あとかたづけを含めると〜午後9時30頃)) C二次会(午後10時頃〜午前2時頃) とほぼ一日を学童のイベントで過ごす、学童三昧の一日でした。 このうち、「@餅つき」と「B忘年会」は私が部長を務めている「キャンプイベント部」のセッティング行事です。 前日の金曜日の夜からみんな集まって、餅米を研いで水に浸す準備から始まり、餅米も釜で薪をくべて蒸す本格的なものです。つきたては本当においしいお餅で、あんころ餅、きなこ餅、ノリを巻いて醤油で食べる磯辺餅、大根おろしをつけて食べるのもおいしくて(名前はなんていうのでしょうか?)昨年初めて食べたときは目から鱗ものでとってもおいしいのでオススメです。 手間がかかるこの餅つきですが、なかなか味のある学童保育所の歴史あるイベントです。
今日は、久々に水曜日の名城公園の練習会に参加してきました。 それはさておいて、そのあとの二次会でマラソン談義が始まりました。 まあ、まあ、こういう風になれば経験者の意見が強くなっていきます。 ウルトラマラソンでは、有名人の八重樫さん(名古屋市役所)と大変盛り上がってしまい、12月23日の祝日に、豊橋・新城の「日比野賞中日マラソン」のコースを1日2往復84キロ走る計画を立ててしまいました。 自分自身、フルマラソンの前に60キロとか走ることはあっても、84キロは未体験です。 八重樫さんからすれば、私の口からこういう計画案が出ること自体考えられなかったようでした。 しかしながら、私自身 (1)中学2年生で蒲郡・静岡間、往復約280kmを自転車で完走(約18時間) (2)高校2年生で蒲郡・東京間、片道約340kmを自転車で完走(約18時間) (3)同じく高校2年生で、名古屋・九州間を夜行列車のみで往復。 その間一週間、ホテルなど泊まらず、すべて夜行鈍行で過ごす。 (4)’92宮古島トライアスロンの前に、名古屋〜琵琶湖一周〜名古屋約350kmを自転車で完走(約21時間) など、アホなことをこれまでに何度かしてきているので、 「別にダブルフルマラソンで8時間くらい走るのはたぶん大丈夫ですよ」 と返事をしたところ、八重樫さんはたいそう嬉しそうで、 「こういう企画が加藤の口から出るとは思わなかった」 と何度も繰り返し嬉しそうに言っておられました。 ダブルフルマラソンを1回行っただけで、肉体的にどれだけパフォーマンスの向上に寄与するかは「?」ですが、むしろ 「これだけの距離を自分でも走ることが出来たんだ!」 というメンタルな面の強化。 わかりやすく言えば、 「自分自身に対しての「自信」をつける作業をしてみたらどうでしょうか」 とうことです。非常識なことを行ったその結果が、自分の思いがけない方向にいって旨くいったらどう思いますか? きっと、とても大きな自信につながっていくと思います。 そういう意味では、日常生活を離れたところで「とんでもないこと」をやってみる。 そして、 「まだ見ぬ自分の発見」 をすることがたいへん有意義であることに気がつくに違いがありません。 さあ、12月23日(祝)に豊橋・新城を2往復する気のある方は、当日の早朝、豊橋陸上競技場に集合してください。 詳細は、また別の機会にご連絡致します。
まだ、今年は終わっていませんが、もうそろそろ一年の総決算をし、来年の計画を立てていく時期ですね。 今年の2月にこのHPを立ち上げあと2月26日付News「マニフェスト公開!」で自分の平成16年の目標を公開しました。
今日現在でクリアできたのは(1)のみで、(2)は3位、(3)はカウントできず、(4)フルマラソンの参加なし、(5)も公認記録なしという状態で達成率としては20%と政治家並みでした。 来年はもう少し現実味を帯びたマニフェストというのか目標を掲げていこうかなと考えています。 さて、自分にとって仕事や家庭生活のほかに大切なことは、やはりトライアスロンやランニングの活動です。 特に、ランニングはスポーツの基本でもあるわけですから、ランニングの土台がグラグラしていたらすべてのことがうまく回っていきません。 特に今年は、練習不足による大会での成績不良は明らかであったのですが、実際には加齢による衰えも幾分かはあると思います。 そこで、現実を単に直視して、タイムのじり貧に低下に目をつぶるか。それとも練習方法を増やしてパワーアップを狙うか?みなさんならどうしますか? この年になってくると、体力の回復には時間がかかってくるので、練習方法を増やせば増やすほど疲労が蓄積していきます。かといって、練習をしなければパフォーマンスの低下をまねくことになり、練習方法、練習時間や休養のタイミングには気を使います。 闇雲に練習時間や練習距離を伸ばすだけの足し算的手法ではなく、来年はスキル・アップによるかけ算的手法でパフォーマンスの向上を狙っていこうと考えています。 先日、JR高島屋の三省堂で「運動会で1番になる方法(深代千之著、潟Aスキー発行1,400円)」という本(写真右)を見つけました。 この本は、明らかに短距離走向けの内容ですが、注目する点としては「股関節の使い方」にポイントがおかれているということです。 短距離走での走りの改善にこの股関節の動きの柔軟性、鍛え方が具体的に載っていて、この考え方は短距離ならず長距離走でも同じであると確信しました。 ここ数年の不調の原因もこの股関節の柔軟性が以前よりも欠如しているのではないかと自分なりに分析しています。 この本を読んでから、スキルを少しずつやっていますが、「フライング・スプリット」というドリルはなかなか大変です。シンドイです。 しかしながら、来年タイムの向上がみられたらこの本の成果が現れたと思ってください。 ちょこちょこ走りの人は一度試してみる価値はあると思います。
とはいえ、あくまでも「フルマラソンのタイムの可能性」を機械的に予測するためだけのものです。 手順は次の通りです。 (1)5km〜30kmくらいの最近のタイムを2つほど用意する。 (2)そのタイムを「秒」になおす。 (例1 10km 32分26秒→1,946秒・・・X1) (例2 30km 1時間44分02秒→6,242秒・・・X2) (3)その時の速度(m/s)を算出する。 (例1 10km 32分26秒 →10,000/1,946=5.1387(m/s)・・・Y1) (例2 30km 1時間44分02秒 →30,000/6,242=4.8062(m/s)・・・Y2) (4)ペースメイク(その3)でお話ししたように、走る速度(Y軸)と時間(X軸)は Y=-a*LN(X)+b で表すことができるので、この式の「a」と「b」を算出する。 a=(Y1-Y2)/LN(X2/X1) b=Y1+(Y1−Y2)*LN(X1)/LN(X2/X1) (5)例えば、上の例ですと a=0.28536 b=7.29993 くらいの数字がでてきます。 (6)つまり、例の場合の持久力は Y=−0.28536LN(X)+7.29993 の線上にあるということです。 説明が遅くなりましたが、LNは自然対数、Y軸は速度(m/s)、X軸は時間(s)を表しています。 (7)フルマラソンは42.195kmという固定の距離です。 これを、どのくらいの時間で走れるかはちょっと計算が面倒です。 というのも、例えば、2時間28分00秒で走りたいとすれば 2時間28分00秒 → 8,880秒 これを先ほどの式のXに代入します。 Y=−0.28536LN(8,880)+7.29993 =4.705562(m/s) で、この平均速度と時間で何メートル走れるか計算します。 D=4.705562*8,880 =41785.39(m) =41.785(km) となり、わずかですがフルマラソンの距離42.195kmに到達しません。 (8)少し遅い2時間29分00秒ならどうでしょうか。同様に 2時間29分00秒 → 8,940秒 これを先ほどの式のXに代入します。 Y=−0.28536LN(8,940)+7.29993 =4.703641(m/s) で、この平均速度と時間で何メートル走れるか計算します。 D=4.703641*8,940 =42050.55(m) =42.050(km) となり、まだ、わずかですがフルマラソンの距離42.195kmに到達しません。 (9)計算はこれを繰り返します。 これで、「自分の希望タイム」と「現時点での能力」がどのくらい乖離しているかが明確になりました。 フルマラソンを走る際には、これを目安にペース設定をされるのがよいと思います。ただし、あくまでもマラソン向けの練習をしていってという前提でのことですので、くれぐれも練習は忘れないように・・・。 それから上記の内容をまとめて、手軽に計算できる「エクセルの計算ファイル」をここにリンクしようと思いましたが、うまくリンクできませんでした。 エクセルの計算ファイルを希望の方は (a)「計算ファイル希望」 (b)お名前 (c)このHPの感想 (d)このHPで取り上げて欲しい記事 を書いた上、下記までメールでご請求ください。無料で差し上げます。
三村さんは、アシックスがまだオニツカ(「オニツカタイガー」といえばオールドファンにはおなじみかもしれません。)と呼ばれていた頃の入社です。 高校時代は陸上競技部に所属。当時のシューズがよく壊れることに疑問を抱きつつ、叔父の紹介で地元のオニツカへ入社(1967年4月)というのがきっかけだそうです。 1974年頃から別注シューズの開発が始まったそうです。今では、30人もの人を擁するチームですが当時は1人。もちろん三村さんだけだったのです。 最近では、野口みずきのシューズ製作で有名ですが、これまでに高橋尚子(’00シドニー金)、有森裕子(’92バルセロナ銀、’96アトランタ銅)、谷口浩美(’91世界選手権 金)、鈴木博美(’97世界選手権 金)、エゴロワ(’92バルセロナ金)そのほか瀬古利彦(マラソン)、新庄剛志(プロ野球)、岡崎朋美(スケート)、高木虎之助(F1)、沢松奈生子(テニス)など幅広いジャンルで依頼を受けています。さすがですねー! 詳しくは、「金メダルシューズのつくり方(三村仁司著、情報センター出版局発行 1,500円)」をご覧ください。なかなか面白い本です。 ちなみに、私が大会で使用するシューズの大半はミズノ製です。悪しからず!
その後3人は、地下鉄で築地口へ移動し、名古屋市地下鉄の名港車庫で行われていた地下鉄名城線環状化記念イベント「来て、見て、体験。名港工場初公開!」に参加してきました。 わたしも、トヨカワシティマラソンから駆けつけ合流しようと思いましたが、到着した時間が13時30過ぎで、遅かったことと、どうも3人が名港工場に来たときには、いろんなイベントの整理券がみな無くなってしまい子供たちはプリプリで、「すぐ帰る!」といっていたらしいので、工場前の道路に車を止めて待っていました。 ところが、待てど暮らせど帰ってきません。ようやく工場から出てきたのは、イベント終了の20分ほど前の14時40分頃です。何とゆきこの手には、金魚の入った袋が7つほどありました。聞けば、昼のオアシス21のイベントとここ名港工場のイベントですくった金魚とか・・・。総勢22匹。 私 : 「こんなにいっぱいとってどうするの?」 こどもたち : 「飼うのー!」 といっても、家には小さな水槽がひとつだけです。まあ、そう長くは生きないだろうと思っていたら「えさを買う」だの「水槽をもうひとつ買う」とかで、家の近所のカーマホームセンター行くことになってしまいました。 いきなり22匹も家族が増えてしまいました。いつまで興味が続くことやら。金魚の上手な飼い方があったら子供たちにぜひとも教えてやってください(私じゃないですよ、子供にですよー!)。
この小学校では、この時期「学芸会」と「作品展」を交互に実施しているそうです(そういえば、昨年は学芸会を見に行ったなぁー!)。 この作品展。ありがたいことに、昼間だけでなく夜も開催してくれたおかげで、仕事を休まず帰宅してから見に行くことができました。小学校2年生の”かずたか”の作品をご覧ください。
ただし、お断りしておきますが、まだ、レース経験がない人がレースを走るときにどういう目標値を設定するという方法論でありません。あくまでも、5km、10kmのタイムを持つ人が、ハーフマラソンをどの程度のタイムで走る能力があるか。若しくは、10km、ハーフマラソンの記録からフルマラソンをどの程度のタイムで走る能力があるかということを計算する方法です。 この方法による計算方法に出会ったのは、今から15年ほど前です。 当時は、今以上に練習方法などについて本屋で片っ端から本を買いあさり研究していた時代でした。 詳しいメカニズムはわかりませんが、「長距離・マラソン・駅伝 技術と練習法(有吉正博著、成美堂出版)の中で、縦軸を平均スピード(m/sec)、横軸を所要時間(sec)としたもので、横軸を対数目盛とすると、その関係はきれいに一直線上に並ぶというものです。
この関係を見ていて気が付いたのですが、金属の疲労寿命曲線(S−N曲線)と関係が似ています。 金属も応力の振幅が大きくなると破断までの回数が小さくなるという関係を現したものが「S−N曲線」で横軸が対数目盛というところも同じです。理由はよくわかりませんが、人間も金属も「疲労」に関しては同じような傾向があるようです。 次回は、「ペースメイク(その4)」で最終回。マラソンの「タイムを予測」しようです。
「ペース設定がなぜ必要か」は、前回説明しました。今日は、ペース設定をどのようにして覚えていくかです。 例えばトライアスロンなどでは、ランニングのほかに水泳、自転車の2種目をこなさないといけないのですが、自転車にはありがたいことに、スピード・メーターが付いています。これを使えば、一定のスピードで走ることは可能です。もちろん、坂があったり、向かい風になればスピードは下がりますが、とりあえず平地で無風なときは、ペースを守ることが可能になってきます。オーバーペースになっていることも確認できます。 しかしながら、ランニングになるとこのようなスピードメーターがありませんので、自分で自分のペースを把握していかなければいけません。最近では、ハートレートモニター(心拍計)やGPS搭載型の時計などが発売されていますので、若干スピードという意味合いとはズレますが、似たような手法でペース確認をすることが可能になってきました。 とはいえ、リアルタイムにその情報が把握できるわけでもないため、やはり原始的ではありますが、自分の体の中に「スピードメーターたるもの」を作っていかなければなりません。 陸上競技場のようなトラックであれば、一番いいのですが、近くになければ1周1km程度の周回コースを設定します。もちろん途中に、信号や踏切などあるようなところはだめです。 私の練習場でのなかでは、名城公園が一周1300m程度の距離でちょうどいい周回コースです。正確な距離がわからなくてもOKです。 そういう1周1km程度の距離の周回コースで、ペースを同じにしたり、変えたりして走る練習をしてみることです。 こういうところで、 (1)全くイーブン・ペースで繰り返し走る練習 (2)一定速度からペースを徐々にアップしていく練習 は、最低練習方法のひとつに取り入れて行うべきです。 (1)はペース走。(2)はビルド・アップという名前の練習方法でもあります。 (1)は、例えば名城公園(1周1332m)で1周5分で10周走ると、約13.3kmで50分です。 ポイントは、この13周を50分で走ることが重要であり、早くても遅くてもだめなのです。せいぜい50分±10秒程度に納めましょう。もちろん1周6分で10周でもいいのですが、その場合でも60分±10秒程度で納めることが大切です。 つまり、マラソンなどではペースの変動が一番体力を消耗する原因になります。序盤のオーバーペースは、後半10倍にもなってお釣りが来ます。いかに、メンタルに我慢してイーブンペースを守りきるか。まわりの人のペースに惑わされずに走りきるか。これが出来ないことには、マラソンなど何度走ってもまともなタイムなど出ません。 次は(2)のビルド・アップです。 これは、(1)に対して、レース時にペースを徐々にあげていくときのための練習です。 「今日は、ややペースが遅い」というときに急激にペースをあげてはいけません。瞬時に乳酸は溜まるは、足には負担はかかるはで徐々にペースをあげていくことが大切です。 で、どのくらいのペースアップが大事かというと、技術的には結構難しいのですが、名城公園1周でいえば5秒程度です。 例えば、1周5分からスタートすれば、次の1周が4分55秒、その次の1周が4分50秒。さらにその次の1周が4分45秒というようにです。ただし、ペース的に体に余裕がないと出来ないので、MAXの90%のスピードにもなるようなペースでは止めましょう。もちろん、1周6分から始めても、1周5分30秒からでもOKです。 5秒というのは、結構微調整しながら走るので、1周ごとに必ず時計でラップタイムの確認が必要です。 で、これら(1)(2)の繰り返しを絶えず行うことによって、自分のペース間隔を身につけていくのです。 景色の流れるスピードや、自分の走っているときの息づかい。足のピッチなど。五感を研ぎ澄ましてペース感覚を身につけましょう。 最後に、練習ではペースの変化の幅が大きくとれるような練習をしましょう。 私も、全盛の頃は、名城公園の1周1332mを、3分40秒〜7分の幅で走っていました。さすがに今は、3分40秒ではとても走れませんが、今でも、4分00秒〜7分くらい幅では走っています。走りのスピードを変えるというのは、足の着地位置が変わってくるので、微妙に足の使用する筋肉が変わってきます。いろんなところを鍛えるという意味で効果的です。 また、強弱をつける練習の日でもジョグだけの日でも、なるべくこの「ペースを覚える練習」は、意識して行いましょう。練習仲間とジョグをするときでも、毎回毎回とはいいませんが練習相手のペースに巻き込まれることなく、ペースを気にしながら走りましょう。そして、今自分がどのくらいのスピード走っていることが時計を見ないでもわかるようになることを目指しましょう。 何かの本で読んだことがありますが、現役時代の増田明美さんは公園で、2時間ずーっと同じペースで走り続けていたそうです。誤差は、1周(何キロか忘れましたが)1秒くらいでそれを見ていた人が、まるで精密機械のようだと賞賛していたそうです。
ペースメイクとは、ペース設定のことですが、 (1)ペース設定がなぜ必要か (2)ペースを覚えるコツ(練習方法) (3)ペース設定の方法 を3回に分けてお話しします。 今回は、まず「ペース設定がなぜ必要か」からです。 車で高速道路をクルージングしているときは、その距離が10kmでも50kmでも渋滞さえしていなければ同じスピード同じペースで走ることが出来ます。ちょっと乱暴な言い方ですが、まあ、ガソリンだけ食わしておけばいいわけです。 1時間でネジを100本生産できる機械。24時間なら2400本の生産が出来ます。コチラも、ちょっと乱暴な言い方ですが、機械にテキトーに油を差しておけばいいわけです。時々こういう考えで、人間をこきつかう人がいます。「あいつに頼んでおけば何でも大丈夫」とか・・・。 ところが人間は、飯も食えば、トイレにも行くし、怒ったりスネたりするし、病気やケガもするので、往々にして予定通りに物事が進みません。 おまけに、個人差というものがあって、デキのいい人、悪い人がいるので同じことをするのでもペースが全然違います。まあ、この辺が人間が人間たる所以で、面白いところであり難しいところであるわけです。だから、マラソン大会などがあって順位をつけることが始まるわけです。学校でも勉強でも同じです。 こういう、個性というのか能力の差が出るのは人間である以上、一生ついてまわります。 ただし、適切な方法で勉強でも運動でもしていれば、その能力を最大限に生かせる方法というのかコツがあります。マラソンでもそういうコツをつかまずに、闇雲に練習している人が案外多いという感じがします。 少々話が脱線しましたが、で、本題の「ペース設定がなぜ必要か」に戻ります。 これまでの話で、何となくわかってきたと思いますが、「人間は機械じゃなく個人差がある生き物。だから、それを管理していくためには目標値を決めてセルフコントロールしなければいけない」ということなのです。まあ、マラソンなどに限らず仕事をしていく上でも全く同じであります。闇雲にやっても効果が薄いということでもあります。 で、ランニングではどうか? 5km、10km、10マイル、ハーフマラソン、30km、フルマラソン。いずれの距離を走るにしても走るときのスピードは違ってきます。長くなればなるほど、走るペースは落ちてきます。なぜ? まあ、これは短距離と中距離、長距離との違いもありますが、ひと言で言えば「疲れる」からです。もう少し科学的にいえば、人間の生理現象によるせいです。体のメカニズムとでもいうべきかもしれません。 短距離の場合は、トップスピードを維持しようとすると体中(筋肉中)に乳酸がたまってきます。乳酸がたまってくると、筋肉に酸素の供給が出来なくなるので、そのせいで体の動きがパタリと止まります。 100mは息を止めて走りきることが出来ても、400mを息を止めて走りきるのは無理です。 というのも、400mを走るのに世界最高でも43秒程度。フツーの人なら1分程度かかります。この400mを1分で走るスピードを出すために体じゅうの筋肉を動かして体を前進させます。さらにその筋肉を動かすために酸素を供給してやらなければ、筋肉中に筋肉の動きを阻害する「乳酸」がどんどんたまってしまいます。 100mを走る10秒〜15秒程度の時間では、急激には乳酸はたまりません。従って酸素が足りない「酸素負債」という現象が起きません。だから息を止めても走りきることが可能です。 「酸素負債」をもう少しわかりやすくいえば、息が「ハア、ハア」となってきて通常の息づかいより荒くなっているアレ。酸素の供給を増やすための体のメカニズムなのです。 しかしながら400mを速く走ろうとすればするほど、例えば100mを10秒で走るスピードを出し続けていると、酸素負債が途中から始まります。400m走というのは、「この酸素負債との勝負」といってもいいでしょう。 よって、100mを全力で走るスピードでは400mは走れないわけです。 で、マラソンはどうかというと、短距離ほど酸素負債によるところはむしろ少なく、まあ、筋肉の繰り返し疲労による損傷という原因の方が大きいようです。走っているうちに、小さな筋肉の断裂がどんどん進行していくということです。 とはいえ、短距離走並のスピードを出せば、筋肉中への酸素の供給が追いつかなくなって乳酸がたまってしまうことは同じです。 長距離で走っていても乳酸はたまってきますが、著しくスピードを上げなければめちゃくちゃはたまってきません。 酸素を体に取り込んで、たまった乳酸を分解することを繰り返しながら運動を続けているのが、マラソンをはじめとするエンデュラン・スポーツ(耐久性スポーツ)なのです。 ですので、いいペースで走っている途中でスパートをかけたりすれば、急激に筋肉の動きが多くなるため、酸素を筋肉中に大量に送り込まなければいけません。そこで、酸素を大量に獲得するために息が「ハア、ハア」となるわけで、それが追いつかないと乳酸という形で筋肉の動きを阻害する物質が製造されていくわけです。で、筋肉の動きが悪くなるのでペースが落ちていくわけです。ペースを落とせば、酸素の供給が次第に追いついていきますので、この酸素負債がだんだん無くなっていきますが、急激には改善されません。停まって、休憩すれば回復はしていくのですが、マラソンという時間を競う競技中に停まっていて進まなければ意味がありません。 ペース設定というのは、「一定の距離を走っている間に、体内に蓄積する乳酸の量が時間と共に急激に増加しないように一定値以下になるようにしながら、かつ最短の時間でその距離を走っていくスピード」。これがペース設定であるわけです。 マラソンを科学的に説明をすれば、「この乳酸が一定以上たまらないようにするスピードを維持しながら、自分自身の体を42.195kmの距離の間でいかに速く移動させていくかということを競う競技」という生理運動であるわけです。 |
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