2008年 第30回記念読売犬山ハーフマラソン 参戦記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3年前に続き、今年一年は、わが子どもたちの通って学童保育所の役員をしていました。 学童保育所を簡単に説明すると、共働きの家庭向けに親が仕事から家に帰ってくるまでの間、小学生の子どもたちを預かってくれる施設です。 ただし名古屋市の場合、学童保育所は公設ではないので、親が金銭面を含めて運営をしていかなければなりません。 過去に保育園の役員や子ども会の役員とはもしましたが、こちらはやってもやらなくてもたいしたことのない役員でしたが、学童保育所の役員は、同じ「役員」と名前がついていても非常に大きな仕事を抱えています。 今年の私の役員の担当は「財政部長」。 学童保育所の金銭面の管理や、予算案、決算報告書の作成などの業務が中心です。まもなく年度末ですので、次年度の予算案の作成や、年度末の収支見込みについても役員会で報告しなければなりません。 学童保育所の予算規模は約3,000万円。専従の指導員さん4人の給与も支払わなければなりませんし、夏休み、冬休みなどは、パートの指導員さんも多く雇わないといけません。ちょっとした零細企業と思ってもいいでしょう。 ということで名古屋市内の学童保育所というのはこういうところですので、「お金がないので来年どうするんだ」という議論は絶えません。 大会前日の役員会も午後7時30分から始まり、終わったのが午前1時過ぎでした。その後も将来展望について役員のうち雄志で飲みながら語り合い。「こうすればいい、ああすればいい」という話が尽きないですね。終わったのは午前4時30分。夏ならすでに明るくなっていたでしょうか。話し合いは有意義な反面、睡眠時間は・・・。まあ、いいか。 犬山は県北の都市 眠い目をこすりながら地下鉄・自由ヶ丘駅へ。朝まで飲んでいた酒も全く抜けていない状態。 午前6時30分起床も、すでに7時近くなっていたので、地下鉄に乗る前に朝食を調達する時間が無くなってしまった。 平安通で乗り換え、犬山へ向かうが車中ではずっと睡眠。犬山についてびっくり、名古屋ではほとんど無くなっていた雪が、ここ犬山ではしっかり残っているではないですか。写真撮影のために登った歩道橋ではほとんど溶けずに5cmくらいの降雪でした。さすが愛知県でも県北の都市犬山!会場に向かう間の歩道も、おそるおそる歩かなければならないほど、2週間前の犬山シティマラソン同様、今年の犬山の2マラソン大会はちょっと雪にたたられましたね。
コースの変遷 この大会にエントリーするのは今回で9回目。ただしこれまでに走ったのはわずかに4回。残りの4回は、風邪をひいたり、マラソン疲れ(別大マラソン)で出場を回避することが多かった。 さて、最初に出場したのは平成2年。今から18年前に遡る。 当時も4,000人を超える参加者で賑やかな大会であることには間違いなかったが、コースは今と全く違い、尾張パークウエイのあのアップダウンを走るコースだった。非常にタフなコースで、記録を狙うようなコースとはほど遠いものでした。もちろん公認コースではありませんでした。 その後転機が訪れる。 経緯はよく知りませんが、平成7年の第17回大会から現コースに近い状態になり、コースも公認コースとなりました。また陸連登録者の部も設けられ公認記録がとれるように変わりました。 尾張パークウエイをメインコースにしていた頃に比べかなり高速コースになりましたが、レースの終盤、犬山高校の前の急坂を上るところ、そして本町の古い町並みを抜け犬山城の前から名証グランドへ下る急坂の2カ所がやや気になるところでした。 その第17回大会にゲストランナーとして走った宗猛(旭化成)さんから、「『このコースだと優秀な選手は来ないですよ』。宗さんは19キロ付近の急な登りと、ゴールの手前1キロ付近にある右カーブ直後の高低差6メートル近くの下り坂を指摘した。(2008年2月19日付け YOMIURI ONLINEから引用)」とあり、コースの見直しがされて現在に至っている。
参考までに、現コース以前の大会要項、プログラム、コースマップを下記の通り掲載しておきます。フラットな高速コースに改良されたと思います。ただし風さえなければね・・・。努力は認めましょう! なお、コースマップはクリックすると拡大します。
ゲストは君原健二さんと有森裕子さん
君原健二さんは1964年の東京オリンピックで8位、1968年のメキシコオリンピックで銀メダル、1972年のミュンヘンオリンピックでも5位入賞。戦後のマラソン男子日本代表で、2大会入賞は中山竹通と君原健二さんしかいない。東京オリンピックの8位は、当時は入賞ではなかったが、現在は8位は入賞になるので実質3大会連続入賞という偉業を達成されている。 また、有森裕子さんは、1992年のバルセロナオリンピックで銀メダル、1996年のアトランタオリンピックで銅メダルと、二大会連続メダル獲得は女子選手としては初の偉業だった。 男女それぞれのマラソンのメダリストがやってくるというのは非常に珍しいことだ。思わず写真を撮影しておきました。 強風との戦い さて、前置きが長くなりましたが、開会式、受付またゴール地点でもある名証グランドは雪だらけ。道路の雪が溶け出していたので、コース上は大丈夫と思いきや、場内放送で「ただいまコース状況を調査しています。開催するかどうかも含めてしばらくお待ちください」という。時間はすでに午前9時。予定のスタート時間は午前10時だからもう1時間しかない。2週間前の青梅マラソンが雪で開催中止になっているので、「犬山もか?」と不安がよぎる。 ただし、今日はあくまでもペースメーカーとしての参加。もともと記録を確保するための参加ではなかったので、個人的にはどちらでもよかったが(酒も残ったままだったこともある)、今日のために準備をしてきた人たちには死活問題だ。 結局30分遅れでスタートすることになったが、これがまた波乱の原因になってしまった。 3年ぶりに犬山のスタートラインに並ぶ。 今日はペースメーカーで自分の本来のペースよりゆっくり走るため、上半身はTシャツ+アームウォーマー。下半身はランニングタイツで防寒対策だ。 10時30分。450人あまりの陸連登録者たちが一斉にスタートする。スタート直後は押し合いがあるので転倒に要注意だ。走友会のYさんと一緒にスタートをする。 今日の予定ペースは4分15秒/km。5kmあたりでは21分15秒だ。このペースを最後まで続ければ、1時間29分40秒。大阪および名古屋国際女子マラソンの参加標準記録が1時間30分00秒以内なのでかろうじて出場資格を確保できる。厳しい天候であるが、Yさんはこのペースで走るしか方法はない。 ウォーミングアップで下見をしておいた1kmを4分19秒で通過。スタート時の混雑を考えればまずまず、追い風のようなので前からの風圧を感じない。2km、3kmと進むが時折、横からの風を受けるがここまでは順調だ。4kmくらいで明らかに4分15秒/kmで走るグループに合体する。10人ほどの集団になった。目標が同じ場合は集団に混じって走っていくのがいい。ペース変動も少なく楽に走ることができる。 5kmを通過する。21分07秒くらい。追い風なので本当であればもう少し貯金が欲しいところだ。しかしながら、Yさんの呼吸は結構辛そうな感じ。6km手前から西に向きを変える。向かい風が吹いてくる。いよいよ犬山らしくなってきたここからは、グループ内での位置取りを上手に利用して切り抜けていかなければならない。 ところがである。Yさんがずるずる遅れだしている。ここで向かい風を受けるのは重々承知。しかしながら脚がいうことをきかないのだろう。仕方がないので、集団からこちらも離脱しながらペースを落とす。 山の田の工業団地をぐるっと廻り、7km手前から北上し先程走ってきたコースを逆走する。北風がもろにあたる。今日は犬山でも特上クラスの強風だ。記録狙いに来た人にとってはとんでもない天候になってしまった。少しずつであるが、先程まで一緒に走っていた集団が離れていく。 国道41号線の下をくぐり10km地点を通過する。43分08秒。この5kmで22分01秒を擁している。予定は42分30秒なので38秒ほどの遅れだ。風向きさえ変われば何とかなる範囲だ。ところが今日は本当に向かい風が続く。 12km手前の犬山駅西口交差点を左折し今度は西進する。走る方角は変わったものの、相変わらず向かい風が続く。13km〜16kmは堤防道路を走るが一番風の強いところ。Yさんの風よけになって走るが、この風ではほとんど役に立っていないだろう。 15kmの通過は1時間06分01秒。この5kmは22分53秒。先程の5kmよりも約50秒も余分に時間がかかっている。ほぼ絶望的なタイムだ。ただしここで簡単に引き下がっては次につながらない。16kmで折り返してから追い風になるので、前を走る女性ランナーを目標に近づいて行くことにする。 前の方でふらふらしてペースが上がらない女性ランナーは、先程の集団から脱落してきた選手たちのようだ。我慢も限界で思いっきりペースダウンしたようだ。19kmあたりで一人、二人とつかまえ少し元気を取り戻す。 20kmの通過が1時間28分28秒。この5kmは22分27秒。追い風になった分だけペースが上がったが、思っていたほどの上がり方ではない。やはり、まだまだ力不足のようだ。 スタートしてから1時間33分16秒でゴールに戻ってきた、最後だけはちょっとスパートをかける。 Yさんは、1時間33分18秒くらいでゴール。とっても残念そうだ。今日のような天候では仕方がない。もう少し実力をつけて、そして記録の出やすいコースで秋口に再度チャレンジしていくのがいいだろう。 こうして初めてのペースメーカーが終わったが、結果が出なかっただけに役割を果たせなかったような気がする。もちろん、ペースメーカーがしっかりすれば記録が出るというものでもないが、引っ張って走っていくという難しさについては今回感じることができた。 抽選会で当たりました 抽選会は余り期待する方ではないですが、レース後のお楽しみとして今回はちょっとだけ期待したところ、何と末尾の二桁でニューバランスのソックス(2足組、1,000円相当)が当たりました。 ところが、この大会に出店していたブースで同じニューバランスのソックスを先程6足まとめ買い。これで、帰りのバッグの中には8足の新品のソックスが・・・。まあ、いいか消耗品だから。 今日は同窓会 さすがに地元で5,000人規模の大会ともなると、いろんなところで知り合いに遭遇する。 昔のトライアスロン仲間のM上C草さん。 チビちゃんも大きくなりましたね。チビちゃんはおじさんのこと知らないよね。
それから、ウィンド・アップのブースには、JOGコジマ時代にお世話になった当時の店長・市原さんがいるではないですか! 現在はすでに年金生活者で、こういうときに手伝いに来ているとか。シューズやウエアの知識が豊富なので、こういうところで活躍されることができるんでしょうね。お元気で! 他にも会場でいろんな方にお会いしましたが、今日の成績はどうでしたか〜!また、どこかで会いましょう! |