第43回 奥久慈湯の里大子マラソン大会 参戦記
 今回は茨城県への遠征です。

 茨城県へは過去2回はトライアスロンでの遠征です。その場所も潮来市(当時は行方郡潮来町)、神栖市と茨城県でも千葉県に接する県南東部の街でしたが、今回は福島県と接するほぼ北端の町の大子町(だいごまち)です。

 大子町は人口は2万人ほどですが、温泉あり、キャンプ場あり、茨城県最高峰・八溝山(やみぞさん/1021.8m)あり、日本三名瀑のひとつ「袋田の滝」ありと、自然にあふれた街です。茨城県でも南部の街からすると、日帰りのちょっとした旅行気分になるところのようです。

 さて、大会の方ですがスタート場所がゴールから1kmほど離れたちょっと珍しいスタイル大会でした。
 今年からは従来のハーフマラソン、5kmなどの他に10km部門が新設され、年齢区分も45〜54歳というのがあったのでエントリーしましたが、さすがに43回を誇る大会。強豪はいますね。総合第6位、年代別第3位で国盗りは達成できませんでした。

 また、10kmのうち5kmほどを競ったのが、ソウルオリンピック10000mの日本代表だった阿久津浩三さん。途中から離されてしまいましたが、オリンピック出場選手と一緒に走ったのは、今回の遠征でも一番印象に残る出来事でした。
 
●大会名 第43回奥久慈湯の里大子マラソン大会
●開催日 平成22年3月14日(日)
●コース
 /大会要項
 /プログラム
県道160号線滑石地内発(地図)〜大子広域公園着(地図)(茨城県久慈郡大子町) 

大会要項

プログラム
 
地図
いずれもクリックすると拡大します
●天 候 晴れ、気温11℃くらい
●参加賞 タオル、さしみこんにゃく、大子温泉100円入浴券、エア・サロンパス、のびのびサロンシップS
●結 果 37分17秒(10km:一般男子45〜54歳 第3位、総合第7位)
●表彰 賞状、たて、奥久慈米2kg、おやき3個、スポーツバッグ
●過去の戦績 初出場
●交通手段等
(往路) 自宅6:44〜名古屋IC〜(東名)〜鮎沢PA(休憩)〜東京IC〜(首都高)〜箱崎IC〜(一般道)〜加平IC〜(首都高)〜三郷IC〜(常磐道)〜那珂IC〜(一般道)〜15:32大子広域公園(コース下見/試走)17:30〜(買い出し)〜18:00森林の温泉(入浴/夕食)19:15〜大子広域公園駐車場19:20(車中泊)
(復路) 大子広域公園駐車場12:38〜13:00袋田温泉(豊年万作/入浴)−袋田の滝見学14:10〜(一般道)〜矢吹IC〜(東北・磐越道)〜阿賀野川SA(休憩/夕食)〜(磐越・北陸道)〜米山SA(給油)〜(北陸・上信越・長野・中央道)〜21:30辰野PA(仮眠)5:00〜(中央道・東名)〜名古屋IC〜自宅6:48
●費用
参加料 3,000円  
燃 料 13,938円   1279.3(km)/11.84(リットル/km)×129(円/リットル)
高速料金 4,710円
 ( ETC割引/名古屋〜東京 1,750円)
 ( ETC割引/首都高速(1回目) 680円)
 ( ETC割引/首都高速(2回目) 630円)
 ( ETC割引/三郷〜那珂 650円)
 ( ETC割引/矢吹〜名古屋 1,000円)
入浴料 500円  (3/13 森林の温泉/17時以降は割引)
100円  (3/14 豊年万作/主催者の割引券利用)
施設見学 300円  (袋田の滝)
合 計 22,548円  
●種目、参加者数(申込人数) 及び 各部優勝者(10km 男子45〜54歳は6位まで) (★は加藤が参加した部門
【ハーフマラソン−10時30分スタート】
区分 参加者数 優勝者氏名 住所 所属 記録
男子39歳以下 285人 小泉 元 福島県   1゜10’28”
男子40〜49歳 276人 八木沼 和夫 福島県 ハートブレイク 1゜12’39”
男子50歳以上 304人 矢津 一正 つくば市 つくばの風 1゜19’39”
女子 113人 田辺 美代 千葉県 AC KITA 1゜23’14”
【10km−10時40分スタート】
区分 参加者数 優勝者氏名 住所 所属 記録
男子44歳以下 137人 富井 一仁 水戸市 茨城大学陸上部 35’09”
男子45〜54歳 72人 小磯 洋四美 福島県 中島走友会 35’51”
阿久津 浩三 栃木県 シャーマンRC 36’50”
加藤 一郎 愛知県 名古屋市役所走友会 37’17”
柴沼 利之 小美玉市   37’42”
西岡 嗣容 福島県   38’23”
池田 史仁 福島県 池田温泉病院 38’47”
男子55歳以上 97人 福井辰實 青森県 六ヶ所原燃警備 37’22”
女子 74人 藤村 綾乃 ひたちなか市 日立 40’04”
【5km−10時50分】
 区分 参加者数  優勝者氏名 住所 所属 記録
男子49歳以下 108人 我妻 治 水戸市 常陸走友会 16’44”
男子50〜59歳 36人 野口 朗 千葉県 アイレック 18’38”
男子60歳以上 37人 虻川 正次 高萩市 中央理化工業 20’03”
女子 77人 岩本 秀子 栃木県 高根沢町RC 21’08”
中学生男子 69人 雲類鷲 佑典 ひたちなか市 勝田二中 16’38”
中学生女子 33人 山口 茜 千葉県 小見川中学校 19’56”
【2km−10時52分】
区分 参加者数  優勝者氏名 住所 所属 記録
小学生男子(1〜3年) 64人 下山 静樹 栃木県 宇都宮 8’15”
小学生男子(4〜6年) 102人 謝名堂 敬 千葉県 みずき小 7’46”
小学生女子(1〜3年) 43人 高橋 千里 守谷市 高野小 9’06”
小学生女子(4〜6年) 57人 榊原 遥 宮城県 宮城県白石第一小学校 8’03”
親子 87組 遠藤忍・飛翔 福島県 西郷村立小田倉小学校 8’17”
総合計 2,158人  

関東甲信越をぐるりと一周
 今回の遠征先は茨城県。北関東に位置する県だ。
 県南には土浦市、つくば市。県央には県庁所在地の水戸市がどっかり構えている。

 これまで茨城県には、友人のSくんが筑波大学に通っていたこともあり、何度か遊びに行ったことがあるほか、1985年の通称”つくば博”にも一度だけであるが見学行った。そのほかは、トライアスロンで2度ほど遠征しているが、この2回はいずれも県の南東の潮来市、神栖市。潮来市も神栖市も利根川を挟んで対岸は千葉県。私の中では千葉県銚子市を目指して行って、利根川をちょこっと渡るという印象。
 しかし今回は堂々と茨城県を南から北へ縦断したような形で大子町へ到着した。

 とはいえ、今回はどういう交通手段で現地まで行くのか決めあぐねていた。福島県寄りなので、@得意の日本海廻りの高速道で現地へ向かうのか、A順当に東名で東京を経由して向かうのか、B鉄道を使って現地へ乗り込むのか。
 いずれも一長一短ありで、出発する数日前まで方法を決めあぐねていたが、結局Aを選択したのであるが、これは失敗だった。

 自宅を7時前に出発し、東名高速で東京ICまでは4時間弱で到着。ここまでは順調だったのであるが、用賀から先の首都高速が、まったくと言っていいほど動かなかった。土曜日の午前中はいつもこんな調子?1時間程度の遅れは覚悟したものの途中の箱崎で限界に達し、首都高速を諦め一般道から常磐自動車道へ向かうことにした。
 下界に降りるとスイスイ走る。やはり、首都高速は私のようなお上りさんの集まり。降りるのが怖くてそのまま渋滞を我慢しているのだろうか。

 首都高速を途中で降りたせいで、東名高速と常磐道の乗り継ぎ割引が効かなくなり、また首都高速を乗り直したせいで費用的にも高く付いてしまった。ああ、これなら精神衛生上渋滞のない、日本海廻りにすれば良かった・・・。帰りはもちろん日本海廻りで。おかげでいろんな景色を見ることが出来た。(最初からこうすれば良かったのであるが・・・)

東名高速 興津付近。富士山が正面に見え出します。

右手には太平洋。先日のチリ地震後は、津波警報が出たためこの区間は通行止めになっていました。

富士市付近では富士山がかなり大きく見えました。

東京都内は最悪。自動車で通ってはいけないですね。反省!

先日開港したばかりの「茨城空港」は、この千代田・石岡ICが最寄りのようです。

帰りの磐越道からは会津磐梯山がきれいに見えました。

路面こそ雪はありませんが、日陰では雪があまりとけていませんね。

帰りに夕食を摂った、馴染みの「阿賀野川SA」の廻りには雪が相当残っていました。

大子町とは
 冒頭で少し述べたように、大子町(「だいごまち」と読みます)は茨城県のほぼ最北端に位置する町で、人口は約2万人。福島県に接し、また日本三大瀑の一つ「袋田の滝」がある町で知られている(私は今回初めて知りましたが・・・)。

 この町のおもな産業は農業と観光。
 物産としては、リンゴ、こんにゃく、軍鶏(しゃも)、ゆば、そば、チーズケーキなどがあり、今回おみやげにチーズケーキを購入。家族には大変好評だった。
 観光としては、大子温泉、袋田温泉をはじめとする温泉郷のほか、先ほど紹介した「袋田の滝」、茨城県最高峰の八溝山(やみぞさん)やキャンプ場など町全体が「緑のテーマパーク」という感じで茨城県内では観光地という地位を確立している。

 今回訪れたのはもちろん初めてでしたが、とんでもない田舎と思いきやそんなこともなく、意外と住みやすい街かもしれないという印象はありました。ただし、高速道路までのアクセスが今ひとつなので、常磐道にしても東北道にしても最寄りのICまで1時間程度かかるので、もう少し高規格道路があると観光客の需要も伸びるのではないかと感じました。、

コース紹介
 前日に会場に到着するのが遅れたので、自分の走る10kmのコースしかコースの下見が出来ませんでした。

 この大会のコースの特徴は、スタート場所がメイン会場でありゴールの大子広域公園から1kmほど離れた県道160号線の道路になります。そのため、スタート時間までに会場から坂を下っていかなければなりません。スタート時間の15分ほど前には、会場を出発してスタート地点に向かいましょう。

 また、スタートしてしばらくは平坦ですが、600mほどで右折して2.5kmくらいまでは山道を上り下りします。2.5kmあたりで左折、折り返しの4.5kmくらいまでは緩い登り坂。そのあとスタート場所まで再び戻ってきますが、その後ゴールの大子広域公園までの最後の1kmの地獄のような坂道はこの大会の名物です。2km、5km、10km、ハーフマラソンの全ての種目の選手がこの坂を苦しみながら登っていきます。

大子広域公園への取り付け道路の入口部分が選手の集合場所になります。メイン会場から約1km離れているので早めに集合場所へ行きましょう。

ここがスタート場所。道路の真ん中です。車は比較的少ないので交通規制はしやすいようでした。2km部門のみ距離かせぎのせいか、ここよりも後方50mがスタート場所でした。

2kmはスタート場所から約500mでUターン

5km、10km、ハーフマラソンの部門はスタートして約600mで左折します。

ここから約2kmほどの区間はアップダウンが続きます。前半のヤマ場。

5km部門はスタートしてから2kmほどでUターンします。登り坂の途中です。

小さな山を二つほど超えると急な下り坂。

スタートしてから2.5kmほどで右折します。

曲がってからは緩いダラダラ坂が続きます。

大子西中学校の看板が見えてきたらスタートしてから約4km。10km部門はもうすぐ折り返しとなります。

道路の左側に林が見えますが、そこには「鹿島神社」という神社があり、ここが10km部門の折り返し地点となります。

坂をゆっくり下っていくと6km地点。「あと4km」の看板が歩道に寝かされていますが、大会当日もなぜかこのままでした。

大会当日、立たされるのを忘れられた距離表示看板

6.2km地点で再び左折。

再度、小さな山を上り下りします。

7km地点の「あと3km」の看板は、前日から立っていましたが・・・。

8km地点の「あと2km」の看板は、「あと4km」の看板と同様、当日も寝かされたままでした。

川にかかる橋を渡り右折してスタート場所へ向かいます。

スタート場所を通り過ぎて、いよいよ大子広域公園の取り付け道路へ入っていきます。

ここから先が正念場

写真ではわかりにくいですが、最後の1kmは勾配が5%をはるかに超える登り坂が連続します。

写真の右上に青い矢印がありますが、そこがゴールの大子広域公園の「多目的運動広場」。高低差が激しいのがわかると思います。

木の看板がでてきたら、右折して広場の方に入っていきます。

曲がっても少々登ります。

ゴールまであと100mほど

多目的運動広場の隅の方にゴールが設けられています。

早朝の会場準備の裏舞台
 今回は久しぶりに車中泊をした。昨年の11月の群馬遠征以来となる。
 大子町は、名古屋より気温が3〜5度ほど低いので、敷き布団2枚、敷き毛布1枚、掛け毛布3枚、掛け布団1枚を準備し車載して臨んだが、今回は対応策としては100点だったと思う。何しろ温かい。寝始めたときは「これほどまでしなくてもよかったのかなあ・・」と思いきや、明け方にはかなり冷え込み布団や毛布の威力が十二分に発揮でされた。わが愛車は、キャンピングカーではなく、2006年式のただのステップワゴン。工夫すれば、それなりの快適さは得られることがわかった。来週も是非続けてみたい。

 ところで今回夜間車を停めておいた大子広域公園は、夜間20時〜翌朝8時30分は閉鎖される。ところが大会当日の朝は、意外や意外に午前6時過ぎには開場になったようであり、一気に車がなだれ込んできた。選手がそんなに早く来るの?と思いきや、大半は会場警備にやとわれているガードマンや、受付などの係の人。少しばかりであるがこんな早い時間から来た選手にはちょっと驚きだった。

 また受付は午前8時からとプログラムには書かれていたが、実際には午前7時30分くらいからOKで早々とはじめられた。
 午前6時頃から大会が息づきはじめているのを見るのは意外に面白い。出店ブースも午前7時過ぎくらいからそれぞれ準備が始まったが、準備の段階を見るのは初めてだった。
これらはスポーツショップ

中学生くらいでしょうか、集団でウォーミングアップしていました。

受付ブース。ハガキと交換にナンバーカードなどをもらいます。

甘酒コーナーもありました。ただし、ドライバーさんは「×」でした。(わたしも・・・)

たこ焼き、焼きそば、おやきなどの食べ物屋も多く出店されていました。

この店が一番行列が出来ていました。地元で商売されている方でしょうか?

レース

本日の心拍数の推移。クリックすると拡大します。
 ウォーミングアップを終えて、集合場所に向かう。
 最初の種目であるハーフマラソンのスタート時間は10時30分。10kmは10時40分と10時前後が平均的なスタート時間の大会と比べるとスター時間はやや遅い。遠方の日帰り参加者を増やすための苦肉の策だろうか、それとも大会事務局が朝ゆっくりしたいせいだろうか?

 集合場所には既に多くの参加者が集まっている。
 ハーフマラソンのスタートを見送りった10km部門の選手たちはスタート場所へゆっくり移動していく。
 しかしながら、メイン会場からスタート場所が離れているせいだろう。ハーフマラソンの部が10時30分にスタートしてからも数分遅刻をし、スタートしていく選手が5〜6人いた。当然のことながら完走目的の人たち。遅刻した分のタイム加算についてだれも異論は挟まないであろう。

 さて、今回から新たな種目として追加になった10km部門の参加者は400人弱。決して大人数ではない。今回は早めに集合場所に行ったので、ほぼ最前列に並ぶことができた。
 45〜54歳の勝負をする同じ年代の選手たちは「2300番台」のナンバーカードを付けている。地方遠征なので、この地方の強者は名簿を見てもわからない(わかったとしても対処の仕方がわからない)ので、受付でもらったプログラムで確認したのは参加人数程度だった。

 そこの大会に行ってもそうであるが、そもそも勝負をしようとする選手は、スタートの時から前に来ている。プログラムを見てどうこうしなくても、だいたいは雰囲気でわかる。
 今回はざっとみたところ、同年代の選手で2300番台の選手が5人ほどスタート位置の前の方に並んでいる。これらの選手は当然のことながら要注意だ。

 10時40分。定刻に10km部門はスタートした。
 今回レースは端から見ていると動きの大きく変わる面白いレースだったに違いない。というのもスタートしてから、45〜54歳の部の先頭を走る選手がめまぐるしく変わったのだった。10km程度の距離でこういうことはは珍しい。

 まず最初は、スタートしてから500mほどは千葉市消防局のユニフォームを着た選手が飛び出す、あっという間に行ってしまったので「やられたか?」と思いきや、しばらくすると集団に吸収される。ホッとするが、次に「美野里クラブ」と書かれたオレンジ色のユニフォームの大柄な選手が先頭を走る(もちろん44歳以下の選手がその前に5〜6人いるが・・・)。彼は、スタート時には中央の最前列に並んでいた選手だ。背が大きく、ユニフォームが派手なので目立っている。


ゴールを目指して走る選手たち
 1kmを過ぎて登り坂にはいると、オレンジ色のユニフォームの選手の息づかいが荒くなりペースが落ち出す。
 次に前に出たのが、非常に小柄な選手。白いユニフォームであるが、ピッチは速い。彼は、先ほどのオレンジ色のユニフォームの選手のすぐ後ろにいて、彼と話をしていた選手だ。

 上り下りの続く序盤、当初想定していたよりも速い展開になったが、ここは何が何でもついていかなければならない。

 ところが坂を下りだした2.2〜2.3km地点くらいから、後方にいた黒いユニフォームの選手が前に出て少しずつペース上げ出す。この選手は、スタート時には私の左後ろにいた選手だ。

 緩い上り坂になると、私と白いユニフォームを着た小柄な選手が遅れ出す。4km過ぎの折り返し地点までに黒いユニフォームの選手とどんどん差が開いていく。今日は、どうも体調が今ひとつのようだ。スピードの割には心拍数が上がりすぎている感じがする。

 折り返し、5kmあたりを過ぎたところで地元茨城県の実業団企業の日立製作所の「北島弘美」さんに抜かれる。実業団選手とはいえ、女性に抜かれるのはいくつになっても気持ちがよくない。
 ついていこうと思ったが、「まだ全体の半分。後半もアップダウンがあるのでここは無理をしないでおこう」と思ったところ、私と併走していた前出の小柄な白いユニフォームの選手がついていく。どうしようか少々迷ったが、今日の体調を考えるとこれ以上ペースを上げるのは得策では無いと判断したので、ペースを維持することにした。こうなると国盗りどころでは無い。前に二人の同年代の選手を行かせてしまっている。

 黒のユニフォーム小を着た同年代のトップの選手とはどんどん差が開くどころか、彼は前を走る44歳以下の選手たちを徐々に抜き出しどんどん前に出て行く。完全にお手上げ状態。
 二番目の白いユニフォームを着た小柄な選手は、日立製作所の北島さんに登り坂で離されはじめているのが後方から見える。ただし極端にペースが下がるわけでもなく、私との差も少しずつであるが開く一方。

 後半の5kmは順位が入れ替わることもなく、そのままの順番でゴール。こうして茨城県の国盗りは失敗となった。
 この大会がリターンマッチになるかどうかはわからないが、茨城県には再びやってこなければならなくなった。それにしても最後の1kmの坂は地獄のようにきつかった・・・。

ゴールしていく選手。天気は良かったのですが、空気が冷たく寒かったですね。

阿久津浩三さん
日本男子 10000m 歴代記録 
順位 選手 所属 記録 年度
1 高岡寿成 カネボウ 27:35:09 2001
2 中山竹通 ダイエー 27:35:33 1987
3 佐藤悠基 日清食品 27:38:25 2009
4 三津谷祐 トヨタ自動車九州 27:41:10 2005
5 松宮隆行 コニカミノルタ 27:41:75 2008
6 瀬古利彦 エスビー食品 27:42:17 1985
7 米重修一 旭化成 27:43:04 1988
8 大森輝和 くろしお通信 27:43:94 2004
9 新宅雅也 エスビー食品 27:44:5 1983
10 花田勝彦 エスビー食品 27:45:13 2000
11 竹沢健介 早稲田大 27:45:59 2007
12 阿久津浩三 福島病院 27:46:16 1988
13 渡辺康幸 エスビー食品 27:46:39 1998
14 伊藤国光 カネボウ 27:47:35 1980
15 喜多秀喜 神戸製鋼 27:48:59 1980
16 鎌田俊明 カネボウ 27:48:63 1977
17 中尾勇生 トヨタ紡織 27:48:71 2009
18 坪田智夫 コニカ 27:51:85 2002
19 早田俊幸 カネボウ 27:53:12 1995
20 永田宏一郎 鹿屋体育大 27:53:19 2000
 レース後、着替えていると遠くの方で各部のレース結果の上位選手の名前ををアナウンスしていた。私の年代の選手も上位6名放送していたが、後半私の前をペースを上げて走っていった小柄で白いユニフォームを着た第2位の選手は、何と「阿久津浩三さん」だったのだ。

 阿久津浩三さんのことを知らない方も多くいると思うので少し紹介しておく。
 ウイキペディアで調べたところ、昭和35年11月生まれ。私より2つ年上になる。

 経歴としては、日立工業専修学校→日立製作所。
 日立時代は目立った実績はない。限界を感じていたところに、知り合いの指導者から地元に戻ってくることを勧められ、病院職員として勤務しながらトレーニングを続けた。

 昭和60年のアジア陸上競技選手権大会(ジャカルタ)では5000mで優勝。昭和62年の日本選手権10000mに優勝し、同年の世界陸上競技選手権大会(ローマ)の代表。昭和63年の東京国際陸上10000mでは27分46秒16の自己ベストで五輪標準記録を突破、ソウルオリンピックの代表に。オリンピック本番では決勝に進出し、出場した日本人では最高の14位(28分09秒70)であった。平成3年の福岡国際マラソンでは2時間11分31秒の記録で6位に入賞している。

 なお、阿久津さんの10000mの記録(右表)は、大会当日現在(平成22年3月14日)いまだ日本歴代第12位として残っている。
 こんなすごい選手が身近にいるのに誰も近寄って来ない。みんな阿久津さんのことを知らないのか?それともこの地方では阿久津さんが市民レースによく走っているので珍しくないのか?
 あれだけの活躍があったにもかかわらず、指導者などの道を選ばずにいまだに市民ランナーとして走っているというのは、やはり走ることが好きなんだろう。阿久津さんはスターというよりも、身近にどこにでもいる小柄なおじさんという感じだった。

 今回5kmほどでしたが、同じ空間を走ったことはよき思い出ですね。

袋田の滝
 せっかく茨城まで行ったのだから、少しでも観光をしたいところであるが、時間の関係で有名な「袋田の滝」だけを見てきた。

 袋田の滝は、日本三名瀑のひとつと言われている。高さ120m・幅73mの大きさを誇っている。大岸壁を四段に流れることから、別名「四度の滝」とも呼ばれ、その昔、西行法師が訪れた際、「四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さはわからない」と絶賛したことからとも言われているそうである。

 袋田の土産物屋を抜けて川の上流に上がっていくと、観瀑施設(袋田の滝トンネル)利用料と称し大人は300円払う。ここからトンネルを200mほど歩いていくのであるが、第1観瀑台から見る袋田の滝の眺めはそのスケールの大きさに圧倒される。なぜ、この場所にこんな滝が突如現れるのだろうかと頭の中は「???」。また、エレベータで43mほど登っていくと、平成20年9月に新たに完成した第2観瀑台に出る。こちらは袋田の滝を上から眺めるような施設になるが、スケールを体感するのであれば第1観瀑台のがいいと思う。

袋田の滝の案内図

ここでお金を払ってトンネルに向かいます

第1観瀑台にて。スケールの大きさがわかりにくいの人物を入れて撮影してみました。

すごい迫力ですよ

こちらはエレベータで上がったところの第2観瀑台から。4段になっているのがよくわかります。

袋田の滝の周辺。温泉や土産物屋が並び観光地ですね。

大会の参加賞でもらった入浴割引券(100円)で入浴した滝味の宿「豊年万作」。風呂が3階にあり、露天風呂から眺める景色もなかなかでした。

本日の戦利品

年代別第3位にもかかわらず、いろいろと賞品をいただきました。左から久慈米(こしひかり)2kg、スポーツバッグ、盾、おやき3個、賞状です。各部の優勝者には、大子温泉のホテルペア宿泊券がもらえます。欲しかったなあ・・・。