第59回別府大分毎日マラソン大会 参戦記
 平成8年の第45回に初出場して以来、今回でこの大会の出場回数は11回。最初に出場した頃の選手の多くは、名簿には名前がなく、自分もかなりの年配者になってきました。

 今年は何といっても26年ぶりのコース変更。
 これまでのコースは苦しくなってから応援の少ない海岸を走るコースでしたが、新コースは前半で別府湾と別れ、後半は人口の多い大分市内を走り回るコースです。応援をエネルギーに変えて吉とでるか、それとも・・・。


 私ごとですが、1月の中旬に風邪をひいたり腰を痛めたりで一週間ほどほとんど練習の出来ない時期がありましたが、今回の大会が2月7日開催と2月の第1日曜日でも一番遅い「7日」開催で救われた感じでした。


 さてレースの方ですがコースも一新。気分も一新。12月の福岡の時よりもペース的には安定して走れました。33kmから脚にきてペースダウンをしてしまいましたが、@2時間50分を切って2年分の出場資格を確保すること Aエイジラン(フルマラソンのゴールタイムが2時間「年齢」分以内)を達成すること の2つを目標にして走りましたが、いずれもかろうじてクリア。反省するところは多々ありますが、現在の体調、練習の出来映え、年齢を考慮すると「80点」ほどの点数の付けられるレースでした。
 
●大会名 第59回別府大分毎日マラソン大会
●開催日 平成22年2月7日(日) 12時00分スタート
●コース
/大会要項
/プログラム
大分市高崎山・うみたまご〜大分市営陸上競技場(地図)、折返地点は別府市亀川バイパス

大会要項

プログラム

コースマップ
 それぞれクリックすると拡大します
●天 候   晴れ、7.3℃
●参加賞 Tシャツ、温泉無料入浴券、激励の夕べ夕食、フグ雑炊、フィニッシャータオル、スポーツドリンク
●結 果 42.195km−2時間46分59秒(336位)
距離 スプリット ラップ 平均心拍数
5km 18分59秒 18分59秒 158
10km 38分18秒 19分19秒 163
15km 57分33秒 19分15秒 163
20km 1時間16分57秒 19分24秒 166
中間点 1時間21分13秒
25km 1時間36分23秒 19分26秒 166
30km 1時間55分44秒 19分21秒 170
35km 2時間15分41秒 19分57秒 171
40km 2時間37分21秒 21分40秒 168
ゴール 2時間46分59秒 9分38秒 166
●表 彰 なし
●過去の戦績
H21.2.1 第58回大会 30km棄権 (46歳)
H20.2.3 第57回大会 2時間43分50秒 214位 (45歳)
H19.2.4 第56回大会 32km棄権 (44歳)
H18.2.5 第55回記念大会 2時間43分11秒 149位 (43歳)
H14.2.3 第51回大会 25km棄権 (39歳)
H13.2.4 第50回記念大会 2時間44分40秒 251位 (38歳)
H12.2.6 第49回大会 2時間30分46秒 61位 (37歳)
H10.2.1 第47回大会 2時間32分54秒 81位 (35歳)
H 9.2.2 第46回大会 2時間36分58秒 57位 (34歳)
H 8.2.4 第45回大会 31km棄権 (33歳)
●交通手段等
【2月5日(金)/1日目】
徒歩 自宅 13:55 自由ヶ丘駅 14:05
地下鉄 自由ヶ丘 14:07 本山 14:09 (名城線)
本山 14:11 名古屋 14:26 (東山線)
近鉄 近鉄名古屋 15:00 大阪難波 17:05
地下鉄 なんば 17:11 本町 17:15 (四つ橋線)
本町 17:19 コスモスクエア 17:33 (中央線)
ニュートラム コスモスクエア 17:36 トレードセンター前 17:38
鰍ウんふらわ 大阪南港(ATC) 19:05 別府観光港 6:55
【2月6日(土)/2日目】
路線バス フェリー乗場 7:05 別府駅西口 7:17
(朝食/レンタカーにてコース下見/昼食/チェックイン/練習/受付・激励の夕べ)
(ホテルシーウェーブ別府 泊)
【2月7日(日)/3日目】
徒歩 ホテル 8:50 別府北浜 9:00
  主催者バス 別府北浜 9:05 →  スタート会場   9:15  
【12時00分スタート 第59回 別府大分毎日マラソン大会  2時間46分59秒/336位】
主催者バス ゴール会場 15:45 別府駅西口 16:20
(入浴/土産購入/懇親会)
夜行バス 別府北浜 20:25 名鉄BC 7:40 (実際は7:10)
【2月8日(月)/4日目】
地下鉄 名古屋 7:22 本山 7:37 (東山線)
本山 7:42 自由ヶ丘 7:44 (名城線)
徒歩 自由ヶ丘 7:44 自宅 7:56

●費用
参加料 5,000円  
ツアー代金 13,800円 (鰍ウんふらわあ 大阪南港→別府/2等寝台
 +ホテルシーウェーブ別府宿泊代(1名1室料金))
地下鉄 520円 (自由ヶ丘〜名古屋/往復)
近鉄 3,150円 (名古屋〜難波/金券ショップ)
地下鉄 270円 (なんば〜トレードセンター前)
大分交通 200円 (フェリー乗場〜別府駅西口)
レンタカー 4,240円 (駅レンタカー)
燃料 426円 (3.2リットル)
  駐車場 400円 (マリンパレス)
  温泉入浴 0円 (不老泉/無料券)
夜行バス 11,000円 (別府北浜〜名鉄BC)
合 計 39,006円

●上位成績及び愛知県勢の成績(エントリーリストはこちら、全成績はこちら
ジョナサン・キプコリル 27 ケニア ケニア 2゜10’50”
ダニエル・ジェンガ 33 ヤクルト 東京 2゜10’55”
ジェフリー・ハント 27 オーストラリア オーストラリア 2゜11’00”
井川 重史 26 大塚製薬 徳島 2゜11’04”
ケネス・ムンガラ 36 ケニア ケニア 2゜11’05”
林 昌史 30 ヤクルト 東京 2゜11’17”
チャラ・レミ 22 エチオピア エチオピア 2゜11’37”
中本 健太郎 27 安川電機 福岡 2゜11’42”
三津谷 祐 25 トヨタ自動車九州 福岡 2゜12’59”
10 諏訪 利成 33 日清食品グループ 東京 2゜13’16”

  49 小川 博史 44 天白川走友会 愛知 2゜32’22”
61 水谷 聡 33 名古屋市役所走友会 愛知 2゜33’44”
80 平尾 一朗 44 岡崎クラブ 愛知 2゜36’00”
119 横井 敬一 45 天白川走友会 愛知 2゜38’28”
131 中村 賢治 31 小牧でんでんむし 愛知 2゜38’58”
146   高須 隆一 45 天白川走友会 愛知 2゜39’26”
208   宮地 淳行 47 ネバーギブアップRC 愛知 2゜42’31”
225   井上 謙二 47 eA愛知 愛知 2゜42’57”
282   中村 和貴 40 館倶楽部 愛知 2゜44’37”
304   今村 公治 30 愛知陸協 愛知 2゜45’11”
336   加藤 一郎 47 名古屋市役所走友会 愛知 2゜46’59”
346   松井 正仁 40 eA愛知 愛知 2゜47’15”
370   林 直孝 34 館倶楽部 愛知 2゜47’52”
405   長坂 雅彦 46 OA愛知 愛知 2゜49’01”
470   金子 真也 22 立命館大学 愛知 2゜57’12”

(DNF)
大形 剛 49 名古屋市消防局 愛知
近川 博 40 TSR愛知 愛知
田口 英樹 36 館倶楽部 愛知

(DNS)
山内 貴司 28 愛三工業 愛知
畑山 久人 43 館倶楽部 愛知

申込者数 669名
加者数 605名(完走者数 470名、途中棄権 135名)
 ※ DNF・・・Did Not Finish  DNS・・・Did Not Start の略

長男の成長とともに歩んできた別大マラソン(11回目の出場)

中学1年生になった長男・かずたか(平成21年12月の伊豆旅行にて)
 私がこの大会に出場するのは今回で11回目。連続出場ではないので最初は平成8年2月の第45回大会となる。今から14年も前になる。

 その頃の私はまだ33歳。
 今や中学1年生になった長男・かずたかが生まれる2ヶ月ほど前だ。そして、その後は回数を重ねて今回で11回目。
 さらに平成10年2月の第47回大会の3ヶ月後には、長女・ゆかこが生まれている。こちらはただいま小学5年生。二人とも十分に物心が付く歳になった。

 私は誰かに自慢するために走っているわけではないが、少なくとも子どもたちには「父ちゃんは頑張っているんだぞ」というように感じるまでは頑張りたいと思っていた。
 長男・かずたかが小学校5年生だった頃だろうか、私のやっていることが少しずつ理解できるようになってきたようで、福岡国際マラソンで参加賞でもらってきた帽子や別大マラソンでグッズとして売られていた帽子を嬉しそうにかぶって小学校に登校していった。
 中学生になった長男を見ていると、「おれはこいつが生まれる前から別大マラソンに出場しているのか」と思う。最初に出場したときのことは昨日のことのようによく覚えているが、長男を見るとあれから14年も経ってしまったのかと急に老け込んでしまう。

26年ぶりの新コース
 第59回を迎えるこの大会も、今回からコースが変わることになった。
 変更理由は、改修が進む別大国道こと国道10号線にある。

 別大マラソンは、別府湾を眺めて走るシーサイドコースとして馴染みが深い。ここで風が吹くか吹かないかでタイムに大きく影響が出る。
 風は自然条件なので、その日によって異なる。これは運しかないのであるが、ここ数年選手から不評を買っているのが、改修が進む別大国道の作りだ。

 山と海に挟まれた別大国道には迂回路がない。そのため大分から別府へ、別府から大分へ向かう車はここを通らざるをえない。つまり交通渋滞が激しいわけである。
 私が最初に出場した頃は片側2車線の道路であったが、年々改修が進み、ざっと見た感じでは半分ほどが片側3車線に変わっている。

 道路が広くなって人(ランナー)も車も走りやすいのは間違いないのであるが、改修時に道路のカーブする部分に傾斜を付けるようになった。いわゆるバンクである。
 競輪場などでの走路のカーブするところでは、内側に比べて外側が著しく高くなっている。これはカーブする際に向心力(外に飛び出そうとする力)が働くので、これを低減させる目的でバンクが付けてある。カーブを速く走る自動車にとっては走りやすいだろうが、ランナーにとっては傾斜してあるところを突っ立って走るので走りづらいこと極まりない。

 今回のコース変更は、このバンクがきついところを1回のみ通過するようにするため、スタート場所を変えたのであります。

前日にレンタカーを借りてコースの下見をしました。新コースのスタート地点は、ちょうど看板のある前あたりです。

これがスタート地点のマーキング。

「うみたまご」ことマリンパレス(水族館)の前の歩道橋から別府方面を見たところです。スタート後は、この景色を見ながら走ります。

9km走り亀川を折り返すと、再び「うみたまご」前を通過(18km)し、今度は大分市へ向かう。

スタート地点の右側に見えるのが「高崎山おさる館」。この施設は無料施設で1階が店舗、2階が高崎山のサルに関する展示物があります。大会当日は、3階が選手の更衣室に開放されました。

スタート地点そばには大分放送の中継車が前日から待機していました。

こちらはスタート地点の看板。写真に写っているのは、一緒に行った水谷さん。

新コースのメリット・デメリット
 とはいえ、コースが変わるのはいいことばかりではありません。弊害もあります。メリット・デメリットを考えてみました。

【メリット】
  (1)   別大国道のカーブのバンクのきついところの通過回数が1回となる。
  (2)   レース終盤、大分市内を多く走るので応援が多く頑張れる。
(3) コースが変わり、永年参加していた人にはリフレッシュできる。(しばらくの間は・・・) 

【デメリット
  (1)   スタート・ゴールが異なるので、スタート場所に預ける荷物の量が制限される。
(2)   新コースでは、弁天大橋を2回通過するので、橋にかかる上り下りが旧コースに比べると増える。
(3)   ゴールの大分市営陸上競技場の横を26km過ぎ、36km過ぎと2回通るが、横に見ながらもゴールできない辛さがある。 
(4)   このコースが得意な選手にとっては、せっかくのいいイメージが払拭されてしまう。

 個人的には、スタート地点で荷物を預ける手間が増えたことを除けば、コースが変わってむしろワクワクした方です。参加した選手のみなさんはどう思われたのでしょうか。

別府市内散策
 今回からコースが変更となり、スタート場所が大分市営陸上競技場からマリンパレス(うみたまご)となったため、前日の宿泊場所も大分市内から別府市内へ変更しました。
 別府駅周辺は何度も訪れていますが、今回は前日をほとんど別府市内で過ごしたため、今まで気がつかなかったものもいろいろ見つけることが出来ました。

昼食は別府駅構内の店舗で食べました。これは「豊後定食」というもので、大分の名物鳥天とだんご汁がセットになったもです。うまいですね。来年も是非食べたいと思います。

今回宿泊したのが、別府駅前のホテルシーウエーブ。グループホテルの別府ステーションホテルには大浴場もあります。

別府駅東口。別府駅も何年か前に改装されきれいになりました。

別府ステーションホテルの玄関前にある温泉。自然に湧いてくるお湯でしょうか。溢れるお湯はそのまま側溝へ流れていました。

かつてはなかった「油屋熊八の像」。平成19年11月に建てられている。油屋熊八は愛媛県宇和島市の出身であるが、明治42年に亀の井旅館(現在の亀の井ホテル)を創業、私財をなげうって別府を観光地へとしたことで別府市民に慕われている。「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズは油屋熊八の考案だ。

 こちらは足湯ならぬ手湯。足湯もあるといいですね。

受付&激励の夕べ
 受付は今年もビーコンプラザ。別府市内においては、奇抜な建物ですぐわかる。
 今年は、別府市内に宿泊するので受付に行くにはゆったり出来る。

これがビーコンプラザ。正式には「別府国際コンベンションセンター」という。後方の高さ125mグローバルタワーが目印となる。

ビーコンプラザの入口。大会の受付の看板が立っている。
 午後4時15分過ぎにビーコンプラザに到着。2階で受付をする。
 今回一番気になるのが、明日の荷物を入れる袋だ。大会先日の受付で渡す指定の袋に入れることになっているので、どんなものかが気になる。
 取り出してみると大きさこそ名古屋市の45リットルのゴミ袋とほぼ同じサイズであるが、袋は透明、生地は厚く少々の重いものを入れても破れそうなものではなかった。袋の口にはヒモも付いているので縛ることも出来る。が、いかんせん小さい。明日、中に入れる荷物については宿に帰ってテストしなければならない。

 なお、受付前に同じ愛知県からご参加の井上さんからご挨拶をいただきました。井上さんは、私と同い年。ここ3〜4年で非常に記録を伸ばし、昨年末の防府では2時間40分台をマーク。今の私よりはずっと早いですね。こちらも負けないように頑張りたいと思います。

選手は入口に掲げられた出場選手一覧で自分のナンバーカードの番号を調べる。

2階の受付ではその番号を申告し、ナンバーカードなどをもうらう。

1階では、こぢんまりと大会グッズの販売ブースがあります。帽子、キーホルダーなど毎年の定番のものに加え、今年はハンドタオル(200円)も増えました。

これが指定の袋。120cm×120cm程度ですので荷物を入れるにはちょっと小さいですね。
 午後5時からは、レセプションホールで選手向けの「激励の夕べ」が行われた。

 「激励の夕べ」とは、選手の交流と食事を楽しむという会。ナンバーカードごとにテーブルが割り当てられているので、持ちタイムの近い選手との交流になる。次の日のスタートもこれらの選手と近くに並ぶので、実力伯仲。テーブルの分け方のこのアイデアとしてはいいものだと思う。

 私の左隣の選手は、福岡からの参加の選手。
 2月14日には延岡西日本マラソンもありこちらにも参加するという。2週連続のフルマラソン。練習くらいの軽い気持ちだろうが、私は絶対やらない。

 また私の右隣の選手は、大阪からの参加の50歳の選手。そわそわしている選手が多い中、どっしりと構えている。聞くと26年前のコース変更の時にも出場しているという。これまでの出場回数は数えていないらしい。自己ベストは私の方が良かったが、50歳でも出場しているというのは素晴らしいこと。
 両隣の方とも強者(つわもの)で、さすがに全国にはいろんなランナーがいるということをあらためて感じました。

激励の夕べの会場。乾杯の発声が終わると、会場の料理はあっという間に無くなってしまった。

当日〜スタートまで

高崎山おさる館の3階奥の会議室。ところ狭しと選手が座る。この部屋に入れない選手は3階のフロアなどに陣取り過ごした。
 午前8時30分に水谷さんとホテルの1階で朝食を摂る。今回も大阪のさんふらわあトラベルのパックツアーで、ホテルの朝食込みで助かる。
 和食か洋食かと前日にホテルフロントで聞かれたが、もちろん和食。なかなかおかずの種類も多く満足していただくことができた。

 ちょうど朝食を食べていると、窓の外には大形さんが現れる。いつものことであるが、大形さんの行動は早め早めだ。さすがファイヤーマン。

 連泊する水谷さんの部屋に、レース中使用しない荷物を置かせてもらい3人で主催者の用意したバスの乗り場である別府北浜へ向かう。
 9時頃にホテルを出発する予定であったが、大形さんが早く来られたので予定よりも早く出発。今回はコース変更元年。これまでと勝手が違うので早めの行動が大切。結果的にこれは正解だった。

 別府北浜には既にバスがスタンバイ。9時30分を待たずして選手が集まり次第バスは出発。バスが早く出発すれば、スタート会場にも早く到着する。

 今回選手の更衣室に指定されている「高崎山おさる館」の3階には既に多くの選手がやってきていた。かろうじて、自分らの居場所を確保できるスペースがあったが、のんびりしていたら・・・。

 10時から11時は、選手の最終コール。ここでナンバーカード等のチェックを受けることになるが、10時には選手がずらりと並ぶ。とてもじゃないが、並ぶ気になれないほどの列だ。チェックは一箇所で行われるので非常に効率が悪い。最終コールはおさる館の2階のベランダで行われるのであるが、この選手の列が最後は、おさる館の3階の私の陣取った会議室まで続いた。ここまで並ぶと、チェックを受けるまでには少なくとも10分以上は待たなければならない。私といえば、その間はストレッチなどをし、この列が無くなるのをひたすら会議室で待った。10時40分頃だろうか、ようやくこの列が消滅し、ゆっくりと最終コールをすることが出来た。

 昨日までの風もほぼ収まり、本当にマラソン日和になった。これも選手みんなの心がけのおかげだろう。コースも変わり最初の年にとっては最高のコンディションになった。好タイムが出なかった時の言い訳の材料は無くなった。

今回の別大マラソンに併設して、「べつだいウォーク」が開催されました。午前9時半スタート。「のんびり」(5・5キロ)と「はりきり」(12・5キロ)の2コース。参加費は一般1500円、小学生以下500円で27日までの事前申込制。

少しわかりにくいですが、おさる館の2階のベランダでは、最終コールが10時から行われました。3階の会議室まで列が出来るほど並んだときもありました。

こちらは別大ウォークの参加者に振る舞われる豚汁でしょうか。恐ろしく大きな鍋で調理をしていました。

こちらも選手の控室として開放されたテント。市民マラソンレベルでは、十分ありがたいですが、やはり外は寒いですね。どのくらいの方が利用していたかは不明。

こちらは中継の練習をしていたアナウンサー

別府湾は見たとおりの凪です。遠くに見える新日鐵・大分製鉄所の煙突から見える煙(水蒸気)も真上に立ち上がっています。

ウォーミング・アップ場所には、別大国道に並行する片道約1kmの歩道が指定されました。

初めて走るコースなのでワクワクしますね。

2年ぶりの完走へ
 今回初めて走るコースなので、前日の下見をしたときに撮影したコースの写真と併せてレポートします。

 11時20分を過ぎた頃から選手の動きが慌ただしくなる。
 今回はスタート前に荷物をあずけなければならないので、その分だけ慌ただしくなる。〆切は11時40分だ。
 荷物をあずけるとそのまま選手は、ラインナップ場所へ移動する。ここでは、ナンバーカードごとに選手の点呼がはじまっている。今回の私の番号は412番。全体の中では中段くらいの位置になる。スタートまでに残された時間はあとわずかだ。

 スタート5分前になり、国道10号線の交通規制が始まる。
 選手もおさる館のまえのラインナップ場所からスタート地点へ移動する。初めての「儀式」となるので、選手も少々戸惑っているような感じにも見える。
 歩道側にはテレビカメラが見える。カメラがぐっと高い場所に移動すると手を振る選手も多い。大分市営陸上競技場のスタートの時にも見られた様子だ。映ったらもうけものということだろう。

 12時ちょうど、ピストルの合図とともに山が動き出す。
 600人もの選手が一斉に動き出すのであるから、コース幅が狭いと混乱するが、スタート場所の別大国道こと国道10号線はこれまでの陸上競技場と違い、道路がまっすぐに伸びるので大きな混乱はなかったようだ。欲をいえば、スタート場所は片側2車線なので、やはり3車線分の道幅が欲しいと思う。スタートしてから100mほどはやっぱりもたもた走らざるを得なかったからである。

前半
 昨年まではスタートしてから東へ向かっていたが、今年からは逆の西へ向かう。
 スタートしてから3kmほどで別府の市街地に入る。例年であれば中間点を過ぎているところであり、風邪などで最終調整がうまくいかなかった年には、すでにおかしくなり出す兆候が出始めているところでもあるが、今年はまだまだ序盤。元気な姿を別府市民のみなさんに見てもらえる。別府市内での応援は、今年も多くありがたかった。

5km地点の表示

道路の反対側には遠くからも目印となる冨士観ホテルが立っている。
 別府観光港にたどり着く前に5km地点が現れる。
 5kmのラップは18分59秒。最初の1kmが3分47秒。2km〜4kmまでの各1kmを3分50秒程度で走ってきたにもかかわらず、5kmが急にラップタイムが早くなっている。途中の距離表示はちょっとあやしいようだ。

 別府観光港から亀川の折り返しまでは、今年からの新コース。
 昨日下見をしたが、これまでのコースの単純に延長のような感じで平坦で走りやすい。8km地点で先頭グループとすれ違う。先頭グループはちょうど10kmを通過しているところである。30分47秒くらいか。決して速いペースではないので、先頭はグループとなっている。コースはこの辺りから右へカーブし亀川の折り返しへ向かう。

9kmの道路マーキング。折り返し地点はわずかばかりであるが9kmの向こうになる。

ガードレールに折り返し地点のマーキングがある。

中央分離帯が無くカラーコーンが並べてある付近が折り返し地点となる。

10kmの道路マーキング。上人ヶ浜町交差点(潮騒の宿晴海前)付近。
 9kmの折り返し地点にも多くの観客が詰めかけている。
 今回はここが唯一の折り返し地点。それも折り返し地点が前半にあるというのはありがたい。折り返し地点というのは、レースの動きを左右する場所になるので、調子がいいときはいいのであるが調子が悪いときなどは厄介者。特に、フルマラソンでは、リズムを乱される原因となるために、終盤にない方がいい。
 今大会は、9kmの折り返し点から次に右折する32km地点付近まで23kmほどを右折・左折もせずに走り続ける。まっすぐばかりで飽きないかと思うかもしれないが、シーサイドコースから大分市の市街地に入っていくということもあり景色の変化はあるので個人的には問題はないと思う。

 10km地点を通過。38分18秒。この5kmは19分19秒。12月の福岡国際マラソンの時よりも体に余裕がある。
 再び別府市街地に入り、多くの別府市民の応援を受ける。例年であればヨタヨタし始める選手もいるところであるが、今年はまだ3分の1も走っていないところなのでしゃきっとした姿を見せることが出来る。

 別府市街地を抜け東別府駅前(なかよし横断歩道橋下)で15km。57分33秒。この5kmは19分15秒とリズムがいい。無理なくペースを刻んでいる感じがする。

 この先からは再びシーサイドコースになる。応援も少なくなり、風が吹いている年などはペース維持が難しくなる区間だ。今日は風も穏やかで選手はみな助けられている。

 18kmでスタートしてきたうみたまご前を通過する。今日は調子がいい感じなので、もうここまで戻ってきたのかと思う。うみたまごを少し過ぎたところで「加藤さ〜ん」と声がかかる。今晩、懇親会をお願いしている大分県庁の宇都宮さん夫妻だ。いつもは、別府観光港のそばで応援をしてもらっていたのであるが、今回、別府市街地では選手がばらけないので、わざわざここまで足をのばされたようである。「ニコッ」とし、手を挙げて応える。

 20kmを1時間16分57秒。中間点は1時間21分13秒で通過。
 ここまでは快調。関門の時間も気にせずに走れる。後半は、今までとは勝手が違う大分市内のコースだ。昨日下見をしたものの、実際にはどんな感じだろうか。応援は多いの?右折左折が多いが走りやすいのだろうか?

15km地点。東別府駅前(なかよし横断歩道橋下)
20km地点。仏崎落石フェンス前。あまり目印のないところですね。

21km地点。白木歩道橋前。この先やく100mが中間点になる。

中間点。目印がないですね。昨年まではこの先が35km地点

後半
 中間点を過ぎ1kmほど走るとシーサイドコースに別れを告げ大分市の市街地に入る。今回は、中間点を少し過ぎた程度であるが、何となくホッとする。

 昨年までのコースは、この先の中春日交差点で左斜めに曲がり、府内城方面へ向かうが、今年からは中春日交差点の1km少々手前の「西生石交差点」を左斜めに曲がり国道10号線から県道22号線こと臨海産業道路を走る。26kmあたりでゴールの大分市営陸上競技場を右に見て通り過ぎるコースだ。
 陸上競技場を右に見て通り過ぎれば、昨年までのスタート直後のコースになる。新日本製鐵・大分製鐵所前を通り過ぎていくことでお馴染みだ。

西生石交差点。昨年までのコースはここを直進していたが、今年からはここを左斜め前に少し曲がり、臨海産業道路を走る。

25km地点。ファミリーレストラン前になる。
 さて、話を戻そう。
 大分市内に入っても集団は崩れない。応援も大分市内に入ったこともあり、明らかに増えている。
 私の属している集団はざっと20人ほどいるだろうか。この集団のレベルは、順位を競う集団ではないので頑張ってみんなでゴールまでたどり着きたいと思う。

 25kmの通過は1時間36分23秒。この5kmは19分26秒。いい感じでラップを刻んでいる。
 この先には大分川にかかる弁天大橋がある。今回新コースとなりこの橋を往復しなければならなくなった。
 毎年通っている舞鶴橋(41km手前)もそうであるが、大分川にかかるこれら2つの橋は橋の手前で勾配があり橋に向かって登るようになっている。元気なうちはアクセントとしてもいいが、疲れてくると地獄の登りに早変わりだ。
 私は今のところ元気であるが、調子が悪いのだろうか、競技場を見て走るのを止めて陸上競技場へ戻っていく選手も見える。

 新日本製鐵・大分製鐵所の正門前を200mほど過ぎると30km地点。前日のコースの下見で5kmごとのポイントがよくわからなかったところだ(写真も撮れなかった)。1時間55分44秒で通過。この5kmは19分21秒。タイム的には変動もなくうまく推移している。周りの選手がこの辺りから少しずつばらけだした。周りの選手が落ち出すと相対的に速くなっているような錯覚に陥る。まだあと12km残っている、どこでペースが狂い出すか注意しなければならない。

 31kmあたりで原川という小さな川にかかる橋を上り下りし、その先の「三海橋西」という交差点で、22kmぶりに右折する。ここまで片側3車線の臨海産業道路を走ってきたので、急に細い路地に入ったような感じになる。また、300mほど先の「三川」という交差点をさらに右折し西へコースを変える。この辺りは、初めて走る場所になるが、民家も多く思っていた以上に応援してくれる人が多い。自分の家の前がコースになったということで初めて応援に出てきたような感じの方も多い。

 これまでまずまず順調に走ってきた私であるが、臨海産業道路からこの”路地コースに入ったあたりから”疲労を感じ始めた。2回の右折が堪えたとは思わないが、来るべき時がきたという感じ。33kmくらいからはペースが落ちてきたなという実感がでてきた。のこり9km。毎日練習をっしている距離よりも短いじゃないかと自分に言い聞かせて頑張る。

 35kmは2時間15分41秒。この5kmは19分57秒。とうとう19分台の後半に落ち込んでしまったが、何とか粘っている感じ。あと7km。目先のことを考えながら粘るしかない。

「三海橋西交差点」を右折すると道路は片側一車線

300mほど走り「三川交差点」を右折

民家の中を3kmほど走り、「平和市民公園先交差点」を右折。
400mほど北へ走って西浜中交差点を左折し、再び臨海産業道路に出る。

片側3車線の臨海産業道路。西浜中交差点を左折するとすぐに35km地点が現れる。

2年分の出場資格&エイジラン達成
 35km地点から1kmほどで、今日2回目の大分市営陸上競技場横を東から西へ通る。
 10kmほど前に西から東へ通ったときには元気だったが、さすがに終盤の36km過ぎとなると脚にきだしている。26km過ぎに途中棄権し、競技場に戻る選手がいたが36km過ぎにやはり同様にあきらめて競技場へ歩いて戻る選手もみえる。そういう選手を見れば見るほど自分はよれよれになっても舞鶴橋から正規のコースで戻ろうと思う。

 競技場の横を通り過ぎすぐさま2度目の弁天大橋を上る。
 弁天大橋の少し西側では、25km過ぎに日清食品グループのチアガール応援団がいたのを見かけた。おそらく諏訪選手のための応援団だろう。相当前に諏訪選手が通過したためだろうか、応援団もすでに解散し、歩いて弁天大橋まで歩いてきている。沿道の市民と同様ごくごくフツーに応援に回っている。

 ここまでは風もほとんどなく、気温も8度程度とマラソンを走るのには最高のコンディションとなった。残りは6km。1kmずつカウントダウンが始まる。あとは時計とにらめっこになる。

前半が1時間21分13秒で走っているので、上手くいけば2時間43分台でゴールも考えていたが、33km以降のペースの落ち込み方からすると2時間45分以上はかかるだろうと走りながら考えていた。いずれにしても、今回は何とか完走はできそうであるものの終盤はヨレヨレであることは間違いない。

 新川交差点付近から再び応援が増えてきた。今回のコース変更で主催者が目当てとしていることのひとつが、終盤で大分市民からの多くの応援が受けられるコースにするということがあるのであるが、それは正しいと言えよう。


この先の交差点が浜町交差点。ここを左折する。
 浜町交差点を左折する。
 ここから寿町1丁目交差点までは片側1車線ではあるものの応援は多い。こちらといえば、応援にこたえるどころか脚を前に進めるだけで精一杯。1kmを4分を超えるようになってしまいゴールタイムが気になる。

 寿町1丁目交差点を左折すると昭和通に出る。大分市外を東西に走るメインストリート。ここからゴールまでは昨年までのコースと同じ。見慣れた風景に戻る。この先はゴールまでの距離とイメージが一致する。

 府内城まえの40km地点を通過。2時間37分21秒。この5kmは21分40秒も要している。20分台を通り越して一気に21分台まで落ち込んでいる。あと2km少々。
 今回は完走も目的のひとつであるが、もうひとつの目標としてのエイジランもある。
 エイジランとは、最近ランナーズ誌で紹介された「フルマラソンを2時間「年齢」分以内で完走するということ」だ。私は現在47歳。2時間47分を切ってこればこれもクリアできる。

 舞鶴橋を渡り、左折すると残り1km地点が現れる。2時間42分を既に超えている。ゴールの2時間45分台は既に無理。「何とか2時間46分台で」とペースをアップする。

浜町交差点を左折すると片側一車線の細い道。レースの終盤に細い道を通るのは珍しいが、応援する人は多かった。

寿町1丁目交差点。ここを左折し、昭和通を東へ向かう。ここから先は昨年までのコースと同じになる。
 大分市営陸上競技場がだんだん近づいてくる。2年ぶりに戻ってきた。
競技場の入口にデジタル時計が置いてあるが、既に2時間44分を超えている。残り400mほどなのであるが、200mを走るのに1分近く要しているので2時間46分台も微妙なところになってきた。とにかくトラックに入ってからは頑張るしかない。数人の選手を抜きながらゴールを目指す。

ゴールの大分市営陸上競技場。この先あと400m残っている。

中継車の左側がゴール。長い道程もここが終着駅となる。
 残り100mで、ゴールの時計は2時間46分30秒を指している。
 フツーに走れば20秒もあればゴールできる距離であるが、このヨタヨタでは厳しい状況。時計の「秒表示」がどんどん大きくなり「57」まで見え時計の横を通り過ぎてゴール!
 ゴールした瞬間には正式タイムは分からないかったが、何とか2時間47分は切れた感触はあった(正式タイムは2時間46分59秒)。やはりフルマラソンの完走は嬉しい。特に福岡や別大のような参加標準記録と途中関門がある大会では、ゴールすることだけでも市民ランナーからすれば十分であるかもしれない。ましてや年齢と戦いながら毎年毎年続けるというだけでもそれなりに価値はあると思う。

ここ数年、選手には無料で配れるふぐ雑炊。冷えた体には最高の贈り物です。

こちらがその現物。美味しくて2杯いただきました。

今日の心拍数の推移。脚にきた33kmあたりからペースが鈍り心拍数も下がりだしています。クリックすると拡大します。

今回のレースの記録証。10日後くらいに郵送されてきました。A4サイズ。クリックすると拡大します。

福岡国際マラソン後の練習の変更点と反省
 2年ぶりに完走した別大マラソンであるが、実は1月から練習方法を少し変えてみた。
 数年ぶりに勤務場所の昼休みが「45分」から「60分」になったことから、週に2回ほどは以前のように昼休みをスピード練習の時間に充てるようにした。

 フルマラソンを走るためには一番大事なのは、オーソドックスに言えば脚作り。LSDなどで長時間走れるだけの土台作り。そしてこの土台ができた上で、マラソンのペースで走れるだけのペース作り。このあたりまでは誰でもやることかもしれないが、終盤の落ち込みを防ぐためにも、ペースに余裕を持って走らなければならない。
 このペースに余裕を持たせるために行うのがスピード練習となる。マラソンの5kmあたりのペース設定は、5000mの直近のタイムからプラス1分30秒〜2分程度が基準となる。LSDや低速のペース走ばかり行っていると、どうしてもこの余裕代が無くなって来る。
 昨年12月の福岡は、このスピード練習をほとんど行わない状態で臨んだが、今回よりも早々に脚にきている。
 福岡が終わってから別大までは2ヶ月ほどの期間。
 年齢も年齢なので、少し休んで気持ちを切り替え練習を始めたが、本格的な練習は12月末くらいから。月間走行距離を特別増やしたわけでもないし、むしろ1月中旬には風邪や腰痛で一週間ほど練習がほぼできない時期もあったことを考えれば、短期的にみても効果があったと言えるだろう。

 ただしこれだけの効果で満足しているわけではない。ここ数年のタイムの落ち込みについては何とかしなければならないと考えている。
 生化学的に見ると、加齢によるタイムの落ち込みは「10年で2%」らしい。1年にすれば0.2%。毎年毎年、目に見えるほどのタイムの落ち込みは見えないということだ。大幅なタイムの低下は、イコール練習をサボっていることになる。
 自分の中では練習をサボっているつもりはないが、仕事、家庭などと趣味の部分を両立させようとする場合には、どこかで何かを犠牲にしていかなければならない。

 4月からは長女・ゆかこが小学校6年生になる。
 現在、まだ学童保育所に通っているが、4月からは学童保育所を止めるという。もちろん自分の意思でのこと。成長に伴い、学童保育所が自分の規格に合わなくなってきているようだ。
 私は親として子どもを学童保育所にあずける立場。
 あずけている間は、何らかの形で学童保育所に貢献していかなければならないと思い、7年間で役員を2年間、4年間は学童保育所のサイトの管理者になっているが、4月以降はこの活動も無くなる。
 仕事が忙しくなるようなことが無ければ、少しは練習時間を捻出できるようになるだろう。そうなればここ数年看板をおろしている「トライアスロン」の練習もできる。トライアスロンの練習はランニングから見ればクロストレーニング。故障もしにくく、バランスよく全身を強化できる。
 よくよく考えてみると、トライアスロンの練習が少なくなったここ数年、ランニングのタイムも落ち込んでいる。トライアスロンを再開することによって、ランニングも再生していくような気がする。

不老泉
 今回一緒に参加した水谷さんは2時間33分44秒(61位)、大形さんは残念ながら40km地点の関門でひかかってしまいゴールできなかったが、夜の懇親会前に汗を流しに行くことにした。
 水谷さんがかなり脚に疲労があること、昨年まで数回「竹瓦温泉」に行ったこともあり、今回は違う温泉に行きましょうということで、荷物を置いてある「ホテルシーウェーブ別府」から一番近い「不老泉」に行くことに決定した。不老泉は、昨日朝食を食べるために亀の井ホテル方面に行く途中に見ている。

 別府市内には本当に温泉が多い。
 竹瓦温泉もこの不老泉も別府市営温泉。入浴料はわずか100円(今回はマラソン大会の参加選手は無料券があるのでこの100円すら払っていない)。一日100人来ても収入はわずか1万円の売り上げ、温泉は湧いてくるものだからコストはかからないとしても、番台のおばちゃんの人件費や館内の電気代くらいは払わなければならないだろう。
 建物は、写真のとおり「建ててから壊れそうでも一切お金をかけません」という雰囲気だ。不老泉は、鉄筋コンクリート作りのようで竹瓦温泉に比べれば、ずいぶんと新しい部類に入るだろうが、番台のおばちゃんに「いつからやってるの?」と尋ねると「私は知らないけれど、大正天皇が入浴されたこともあるんですよ。それ以前からこの温泉はある」という。現在は「平成22年」。昭和に直すと「昭和85年」になる。わずか15年ほどしかなかった大正天皇が入浴されたとなると、少なくともこの温泉は85年以上前からあることになる。
 シャンプーもボディーシャンプーも何も置いていない本当にシンプルな温泉であるが、本場の温泉はやはり気持ちがよかった。

レース後の懇親会

 午後6時から別府市内で、今回応援していただいた大分県庁の宇都宮さん、入江さんとわれわれ3人の合計5人で官官交流を行いました。
 宇都宮さんは私と同様「高圧ガス」の担当、入江さんは今から14年ほど前に東京都東村山市の通産省(当時)研修所でご一緒させていただいた仲です。

 宇都宮さんが食通のおかげで、大分県に来るたびにいろんな店に連れて行ってもらえます。今回は私の方からリクエストし、3年前に食べたフグをお願いしました。(他の2人に食べてもらいたいためです)

 名古屋市内で食べると非常に高価でなかなか手の出ない高級魚のフグも、別府市内で今回も連れて行っていただいた「ちくでん」という店屋ではリーズナブルな価格で食べられます。ふぐ刺し、ひれ酒、ふぐ雑炊はもちろんですが、骨に少々身が残っている部分をまるごとから揚げにするというのはこの店独特のものでしょうか。いろんな調理方法があるんですね。本当においしいですね。

 最近は豊後水道界隈でのフグの水あげも減り、下関同様、フグは何とわが愛知県から多く運んできているそうです。もしかしたら今回食べたトラフグもそうでしょうか?

 今回、月曜日に仕事がある関係で、別府北浜から午後8時25分発の名古屋行きの夜行バスに乗らなければならず懇親会の時間的には短かったのですが、来年も再来年も資格がある限り大分県にやって来て、懇親を深めたいですね。
 今回で11回目の別大マラソンでしたが、旅行などと合わせると大分県にやってくる回数は15回ほど。大分県は私にとって第2の故郷です。今回もお世話になりました。ありがとうございました。(写真を撮るのを忘れました。スミマセン・・・。)