第37回静岡駿府マラソン 参戦記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
日帰りレース 愛知県に接する静岡県。近いことに間違いはないのであるが、こと静岡市となると名古屋と東京のほぼ中間に位置する。距離にすれば180kmほどあるだろうか。 6年前も日帰りで出場しているものの、当時の出場種目はハーフマラソン。スタート時間は10時過ぎ。かたや今回の出場種目は10kmなのでスタート時間は9時20分とかなり早い。 安宿を探したので前泊しても費用的に2,000円ほどしか変わらない試算だったので、前泊しようと考えていたが何かにつけてこの頃は忙しい。 結局、前泊はあきらめ日帰りでの参加となったのであるが、ウォーミングアップの時間などを考慮すると午前5時起き。最寄り駅からは始発列車に乗ることになってしまった。名古屋駅からはさらに新幹線で静岡へ。遠征で新幹線を使うのは久しぶりだ。スケジュール的に慌ただしいとわかってはいたものの、バタバタした朝だった。
県庁所在地のマンモス大会 6年ぶりのエントリーとなるが、当時(第31回大会)の申込者総数が8,462名。マラソンブームとはいえ、今回の申込者総数は14,193名なので6年間で1.6倍以上の増え方だ。うーん、確かにメイン会場の駿府公園も所狭しといった感じだった。 特に、この人数で困ったことといえば、完走後の記録証の発行だ。 今回、ゴールしてからすぐに完走証をもらいにいけばよかったのであるが、1時間ほどしてから記録証の発行所に行ったところ、見たこともないほど長蛇の列だった。これまでいろんな大会に行ったけれど、こんな光景は初めて。係員が「記録証の発行所が大変混み合っているので、時間をずらして来てください」というようなことを拡声器を持って何度も連呼していたが、どうみても5分や10分で記録証が発行できる雰囲気ではなかった(私の場合は諦めて帰りましたが・・・。)。 さて、この大会の人気の理由は、東京マラソンと同様に都市型マラソンということだろうと思う。JR静岡駅から会場の駿府公園までは徒歩でやってくることが出来る。また、静岡県庁前からスタートし、広い公道を走ることが出来ること、安倍川にかかるレトロな安倍川橋、用宗漁港から臨む太平洋、天気がよければ終盤臨める富士山、そして静岡市民の憩いの場である駿府公園とこれだけ景色に変化に富み、風光明媚なところを走ることが出来るのが人気の理由だろう。会場の駿府公園に出店しているショップの数も多く、まさにお祭りの雰囲気だ。 それにしても選手だけで約14,000人。家族なども含めれば2万人くらいの人手かもしれない。お祭りにはよいイベントかもしれないが、更衣室、スタート時の混雑などを考えると、アスリートとしてはこのくらいの人数でそろそろ勘弁して欲しいという気もする。
コース紹介(コースガイド) → こちらを参照して下さい。 10kmは5,730人 さて、今回出場するのは10km。1年に1回くらいは10kmの記録をちゃんと測っておこうと思いエントリーしたもの。もちろんこの大会の10kmコースは公認コースなので、ゴール後のタイムについては疑義がないことになる。 しかしながら、冒頭にも述べたように大会前にインフルエンザに罹ってしまったため、結果的に練習不十分で臨むことになってしまい、自分の中では不本意な状態で当日を迎えることになってしまった。 とはいうものの、せっかくエントリーしたので現状の中で出来うる限りのことをやって臨むべきではないかと考え、静岡まで足を運ぶことにした。参加料が惜しいということもなきにしもあらず・・・。
早く行って場所取りをしないとスタートがうまくできない心配はあるものの、ウォーミングアップもそれなりにはしたい。そういうジレンマがありながら午前9時頃にスター場所へ向かうが、そこには恐ろしい数の選手が既にやってきていた。5,000人を超える選手がいる中、スタートラインの至近位置でなければ万事休すだ。 しかしながら、この大会には救いがあった。それは支給されているナンバーカードの数字の前のアルファベットだ。このアルファベットが走力を表している。つまり速い順に「A、B、C・・・」と区分されている。おそらく申し込み時の申告タイムだろう。 ちなみに私は「A15003」。40歳代のランナーは「15001」からナンバーが始まっている。つまり私は10km部門の40歳代のランナーでは申告タイムが3番目で、区分としては一番速いところに分けられているということになる。そういえば、申込書の予想タイムに「35分」と書いたような気もする。何分までの申告がAに区分けされたかは不明であるが、これである程度はまともにスタートが分けられる。おかげで、前の方に移動し、無事にスタートラインの至近位置に立つことが出来た。 9時20分。号砲とともに5,000人を超える隊列が一斉に動き出す。 ハーフマラソンのエントリーが4,014名、5kmのエントリーが3,615名なので、この大会では10km部門の参加者が一番多い。
スタートしてから350mほどで中町交差点を右折する。明らかに私の前には50人以上の選手が走っている。この中町交差点から安倍川橋を越えて左折するまでの約2.5kmは直線で見通しがいい。しばらくは先頭を走る選手が見えていたが、だんだん遠くに離れていくのが走っていてもよくわかる。「15〜20年くらい前であれば、あの中に入って走っていたレベルであったなあ」と思うと年齢を感じてしまう。 1kmの通過が3分29秒。以下2kmが7分04秒(この1kmが3分35秒)、3kmが10分27秒(同3分23秒)。病み上がりにしては、思ったよりまともに走っている。しかしながら、真っ直ぐ走っているにもかかわらず風向きが途中から変わり出す。ビル風のようなものもあるのであろうか? 距離表示に疑義があるが4kmが14分20秒(同3分53秒)。折り返してから現れた5km地点が18分05秒(同3分45秒)。徐々に走りに息切れがしてきた感じ。まだ半分だ。 再び安倍川橋を越えて、一路ゴールの駿府城公園を目指す。 今日は曇天。というよりも時折小雨がぱらつくなど天候的にはあまりよくなく肌寒い。晴れれば雄大にそびえる富士山が目の前にドーンと否応なしに現れてくるのであるが、今日は全くその勇姿が見えない。 前半やや突っ込んだ感じで走ったせいか、再び安倍川橋を渡ってからの2.5kmにわたる直線区間でスピードが落ち出す。少しずつランナーに抜かれもするが、同年代のランナーにだけは必死に付いていく。気持ちだけは・・・。 同年代のランナーを含む数人のランナーに抜かれはしたものの何とか食らいついてきたせいか、それほど大きな差がつかずに同年代のランナーは視界入っていたまま。こちらも少し充電できたので残り1.5km強くらいからペースアップすることにした。こちらもそうであるが、10km中8kmも過ぎればそれほど走りに余裕のあるランナーは少ない。ラスト合戦なれば何とかいけるかもしれない。 中央体育館あたりから、徐々に前のランナーとの距離が縮まりだした。東御門の前から二之丸橋の間で同年代の選手を2人、そして50歳代のトップの選手も二之丸橋からゴール前のわずかな区間で追い抜いた。
最後に同年代の選手を2人抜いたおかげで、年代別の順位は2つUP↑。また、後半の5kmが18分41秒もかかっているが、病み上がりとしてはヨシか? 万全の体調で10kmの記録を取ろうという狙いであったが、残念ながらこういう結果に終わってしまった。49歳で過ごすのもあと2ヶ月。今回こういう結果になってしまったので、急遽、4月の焼津みなとマラソンの10kmにエントリー。約一ヶ月でリベンジの準備が出来るだろうか?乞うご期待!
本日の戦利品
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