第29回日本最北端平和マラソン大会 参戦記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ジェットスター 今回セントレア(中部国際空港)から札幌(千歳)まで、ジェットスターを初めて利用した。3ヶ月前の予約で名古屋(中部)・札幌(千歳)の往復が、わずかに15,000円弱。片道7,500円を切っている。名古屋→東京を新幹線で利用すれば約10,000円。名古屋から東京に行って帰ってくるよりもはるかに安いことになる。典型的な価格破壊であるが、適正料金というものが何だかわからなくなったような気がする。 予約時点では「3E」という席が割り当てられていたが、チェックインカウンターで「非常口の方が広いので13Eに変更しましょうか?」というので「それならば」ということで席を替えてもらった。非常口付近の席は広いので、ジェットスターに乗るのであればここはオススメ。明らかに他の席に比べると前席との間隔が広い。今回の運行は名古屋(中部)17:20→札幌(千歳)19:05と1時間45分であるが、機長からのアナウンスでは「フライト時間は1時間20分。新千歳空港には、18時50分頃に到着予定」とのこと(実際には18時56分)。快適なフライトであった。 また、ご期待の客室乗務員(キャビンアテンダント)であるが、こちらは昨年利用したスカイマーク同様に軽装。上着なしの上半身は黒いTシャツ。襟元と袖に細いオレンジ色のラインが入っている。ジェットスターのカラーをイメージしている。下は、黒のロングスカートに黒のストッキング、そしてハイヒール。このあたりは、他の航空会社と同様であろうか。短いフライトなので、客室乗務員の服装などそもそも気にならないし、格安航空はどこもこんな感じになってきているので、昔ながらの「スチュワーデス」という服装は、これからどんどん無くなっていくことだろう。
札幌→稚内は夜行バス 今回は夕暮れ時に北海道入り。こういう遅い時間に北海道にやってくるのは初めてである。しかしながら今回の目的地・稚内はここからまだ300km以上ある。ここ(新千歳空港)からの移動は、JRで札幌まで出て、さらに宗谷バスの夜行便で稚内に行くという方法だ。 新千歳空港からさらに稚内へ飛行機で移動する方法もあるが一日わずか2便。おまけに最終が15時50分と早すぎる。 JR宗谷本線経由では、札幌から特急が3便あるが、ご存じの通りJR北海道の車輌トラブルで、うち1便が運休中。 公共交通機関の残り最後の移動手段が路線バス。宗谷バスと銀嶺バスが共同運行して札幌・稚内間を一日6便走らせている。このうち1便は夜行便。夜行バスに乗っても同一県内で下車するのは、この北海道くらいのことであろう。運賃も往復で11,000円。ジェットスターの運賃ことを思えば割高かもしれないが、このくらいが適正な運賃ではないかと思う。 この日は金曜日の夜ということもあって、2両で運行したがほぼ満席の状態であった。全席予約制ではあるが、席は自由席という不思議な夜行バスだった。
稚内市 あえて説明をするまでもないが、稚内市は日本最北端の「市」である。人口約37,000人。 この地名の「わっかない」は、アイヌ語で「冷たい飲み水の沢」を意味する「ヤム・ワッカ・ナイ」に由来しているらしい。以下は、稚内市のサイトから引用。
稚内観光 早朝稚内に到着してからのスケジュールについては、いくつかのルートや手段を出発前に検討したが、今回は宗谷バスが運行する定期観光バス・稚内A(3時間45分コース)を利用することにした。 レンタカーを借りて稚内周辺を廻るという手もあったが、定期観光バスが3,300円とレンタカーよりも安く、ガイド付き、運転しなくても目的地に運んでもらえるという利便性を買ったのであった。 旅行会社の主催する募集型の観光バスは主婦が多、く車内でガイドが肝心なことを説明しているにも関わらず、ペチャクチャ喋り続けるのがうるさく興ざめするので好きではなかったが、今回のように旅行者を対象にした定期観光バスは、利用する人が主婦の団体ではなく、旅行を純粋に楽しみたいという人の集まりなので、車内は静かで(今回は土曜日の午前中にも関わらず、わずかに9人)ガイドさんの説明もキチンと聞けてよかった。キチンと聞くことが出来たのは、私が最前列に座っていたことにあるかもしれない。 結論から言うと、この定期観光バスの利用は思いのほか良かった。何が良かったかというと、観光ルートがコンパクトにまとめられていたこと。稚内というのはどんな街?ということが手に取るようにわかったことだ。もちろん、観光という意味では表向きの部分が多いであろうが、見えない部分はついては日曜日の大会などで味わえばいいことだ。
観光をして感じたことを簡単にまとめると、稚内は2つの姿があると思う。 一つは日本の最北端の街。ここを目指してやってくる若者は多い。日本の隅から隅までをこの眼で見てみたいという心理で、私も若いときからそう思ってはいたものの、実際にやってくるのに生まれてから半世紀を要してしまった。今回、土日の2日間でも自転車やオートバイで走り回っている若者を多く見かけた。日本の最北端という象徴であり、あこがれのの場所でもある。これが、稚内の一つの姿。 もう一つは国境を接しているということ。これは、国境から大きく離れている名古屋では全く感じられないし、感じて行動を取る人もいない。 戦前はサハリン(樺太)も日本の領土であったため、この稚内からサハリンへ渡る稚泊航路があった。「稚」は稚内、「泊」はサハリンの街・大泊(現コルサコフ)のことだ。鉄道連絡線で167kmの航路を約9時間で結んでいた。航路としては、大正12年から昭和20年までの22年間で相当多くの人を運んでいた。 この航路に乗り換えのため、日本海から吹き荒れる風雪を避けるために建築されたのが「北防波堤ドーム」だ。現在のものは、昭和56年に全面改修されたものであるが、当時のことを思い起こすには十分な歴史的建造物である。 しかしながら、現在ではサハリンはロシア領のため、ここ稚内が日本の最北端の地となっている。見方を替えれば、国境警備の最前となるわけだ。 ノシャップ岬のそばには、陸上自衛隊、航空自衛隊、海上自衛隊のレーダー基地もある。1983年に発生した大韓航空機事件の舞台が、稚内から北北西方向に向かって約90〜100kmに位置するモネロン(海馬)島付近といわれているが、国境に近い稚内においては、さぞかし大きな衝撃だったことは容易に想像できる。 今回出場した「日本最北端平和マラソン」も、この大韓航空機事件の翌年から開催され、慰霊と平和を目的に今年で29回目を数えることとなった。 現在では、ロシアから旅行に訪れるロシア人も多く、道路案内など日本語、英語の他にロシア語の表記も目立つ。冷戦状態でなくなったとはいえ、やはり国境を接している街、名古屋では感じられない緊張感が街には漂っていることがうかがえた。
日本最北端平和マラソン大会 先ほども述べたが、まずは稚内市のサイトからの引用。
9月1日というと1923年(大正12年)9月1日に発生した大正関東地震による地震災害である関東大震災が有名であるが、この地方では大韓航空機事件の方が関心が大きい。 大会そのものは、参加者が1,200人ほどの小さな大会。また、参加者の大半が稚内市民をはじめとする宗谷地方の人たちで、私のように本州からわざわざ訪れる人は、名簿を見る限りはほとんどいなかった。 出店も無ければ、ゲストランナーもいない地味な大会で、現在のマラソンブームからすればおそらく不人気大会に属するような大会になるかもしれないが、もともと前述のような主旨で大会を開催しているので、あえて派手にしようとするような気もなさそうだ。単なる町おこしではなく、このようなポリシーを持って運営している大会があってもいいと思う。 コース紹介(コースガイド)→ こちらを参照してください。 あっという間の2km
今大会のコースの特徴は、2km、5km、8km共にワンウエイの本当に平坦なコース。スタート場所は稚内市役所前で共通であるが、ゴール場所がそれぞれ違う。
さてレースの方であるが、10時スタートの8km部門(1ウエーブ)を皮切りに、5km部門で3ウエーブ、2km部門で4ウエーブのスタートとなっている。それぞれ5分ごとにスタート。私は2km部門の第1ウエーブで10時20分にスタートする。私のウエーブは一般男女(6人)と小学男女5・6年(113人)が一緒にスタートする。小学校の運動会に大人が紛れ込んだような感じだ。
本日の戦利品
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