第9回ごせん紅葉マラソン大会 参戦記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
五泉市 五泉市(ごせんし)は、新潟県のほぼ中央に位置する人口約50,000人の街。昭和29年11月に1町3村が合併(昭和の大合併)し五泉市が施行している。また、平成18年1月に隣接する村松町と合併(平成の大合併)している。米どころ新潟なので、米はもちろん里芋、れんこん、イチゴ、キウイ、栗、銀杏などを出荷する食糧生産地であり、古くから歴史のあるニット産業も栄えているところでもある。 「村松公園」の桜は、全国さくら名所100選に選ばれていること、また、「小山田の彼岸桜」は国の天然記念物に指定されていることまら市の木は「さくら」となっている。
ランナーズ百撰 先に紹介した通り、五泉市は人口5万人強の都市。お世辞にも人口が多いとは言えない。平成の大合併時の人口が5万6,000人ほどだったことを考えると、約11年で人口が6,000人ほど減っていることになる。仮に人口が多いということが地域の活性化の源であると考えると、人口が少なくなっていくというのは確かに致命的である。地方の経済を活性化するというのは、あの手この手が必要であることは間違いないが、如何せん、人海戦術的な部分もあるので人口は少ないより多い方がいいだろう。 この限られた人口で地域を活性化するためには、当然、衣食住を満足する自治体の施策が必要となる。そのほか、地域外の人にお金を落としてもらおうと考えるのであれば、観光産業をはじめとした集客が必要ではないか。五泉市の人たちは、その集客の一つにこのマラソンを考えたのであろう。 人口が5万人に程度の街に、3,500人のランナーが集まるということは、選手以外の人を含めれば4,000人なのか5,000人なのか、それとも6,000人なのかはわからないが、この街の一割の人口に相当する人たちが集まってくることになる。3,500人規模の大会は珍しくはないが、人口比でいえば都市型マラソンよりも圧倒的にその比率は高い。それが、ランナーズ百撰に現れているのであろう。 この大会は、今回で9回目であるが、これまで第4回、第5回、第6回、第8回とランナーズ百撰に選ばれている。ネットで調べたところ、「2009年に(社)五泉青年会議所が、ゼロの状態から企画を立ち上げたマラソン大会。「地域とともに、手作りの、超おもしろいマラソン大会」をコンセプトに置く。(社)五泉青年会議所の呼びかけで集まった2009年当時の各種団体役員メンバーを中心に実行委員会を構成。(一社)五泉青年会議所と共催事業。」とある。また、「2009年、新潟県五泉市でマラソン大会を開催しよう!実現不能と言われながらもなんとか開催した、五泉市初の本格市民マラソン大会の継続事業です。「地域と共に、手作りの、超〜面白いマラソン大会」をコンセプトに、地域住民と地元中学・高校生、また各種団体と五泉青年会議所メンバーを中心に運営をしています。 」ともある。いずれにしても自治体主導の大会ではなく、五泉青年会議所が中心となって始めたイベント。自分たちも楽しみながら、五泉市外からも多くの人に来てもらおうという熱意が大会に参加すると伝わってくる。毎年、参加者が増えているので、来年もさらなる増加が期待できると感じる大会だ。
コース紹介(コースガイド) → こちらを参照してください。 1大会2レース 今年に入って、1大会2レースはこれまで2大会で実施済み。今年3回目のチャレンジ。3km+10kmとハーフマラソンを1本走るのと、どちらがシンドイかといえば、シンドさが違うの比較できないが、どちらもそれなりのシンドさがある。1本目はフレッシュなのでよいが、2本目はリカバリーができていないので、一緒に走る人と比べてハンディがあるのであるというところがツライ。こういう不完全な状態を繰り返していると、不完全な状態でもパフォーマンスの向上ができるようになるので、それはそれで収穫になることは間違いないと思う。 3km この大会は、フル、ハーフ、10km、3kmと参加種目が多く、バラエティに富んでいるのがいい。この中で3kmh最短距離の種目ではあるが、中学生も多くスピード勝負なので出遅れるとあとが苦しくなり、挽回するのが難しい。序盤からスロットルを開けて走っていかなければならない。 スタートライン付近を中学生が占めるような形で、9時10分にスタートする。 昨日の雨で、グランドは所々がぬかるんでいるが、走りに大きな支障はない。トラックを3分の1周ほど走って道路に出ていくが、やはり前の方を走るのは中学生が多い。少しずつ抜いていくが、新潟大学の農学部・附属村松農場の入り口付近からコースは上り坂に入る。スタートして800mほど走ると今度は下り坂。1km過ぎに再び平坦となる。1kmの通過は3分46秒。スピード練習をしていないので、思った以上に1kmの通過は遅い。3kmのコースにも給水所があるが、当然、給水は取らず、その先を左折する。
2km地点(残り1km)が、ちょうど登っている途中に現れるが、少々、選手が団子となりストップウォッチを押すのを忘れてしまったが、このあたりで後方から同年代らしき選手に抜かれる。背中にナンバーカードもなく、正確には確認できなかったが、見た感じは同カテゴリーの選手のようだった。付いていくかどうか迷ったが、10時からの10kmもあるので、チャンスがあれば抜き返すつもりで、無理をして付いていかなかったが、作戦的には裏目に出た。ゴールまで大して差が広がらなかったものの、最後はややあきらめた感じでゴールしてしまい、ゴールの際に後方から来た選手に刺されてしまう。9月の千倉では何とか逃げ切ったが、この日は同タイムで3位。1位とは2秒差。なんとも情けない形の3位だった。 10km 1種目めの3kmが終わって、次の10kmまで時間にして約40分弱。記録証の交付場所のすぐ近くで、優勝者以外の入賞者はそこで入賞の商品を受け取ることになっているようだ。係りの人がやや不慣れで(中学生もお手伝いしている)、少々待たされたこともあり、時間がどんどん過ぎていく。汗を拭いたり、別のユニフォームに着替えたりしているうちに30分ほどがあっという間に過ぎる。気が付けば、10kmの参加者がずらりとスタート場所に並んでいるではないか。先の3kmで体は動いているので、冷えないようにだけ注意し、スタートの数分前にスタート場所に並ぶ。 10時ちょうどに2種目めがスタート。この大会は、3kmと10kmは出場しようと思えば、2種目の参加は可能であるが、私以外に2種目エントリーした人はいるのだろうか? スタートしてから、50分ほど前と同じコースをたどるようにして走っていく。3kmと違って、少し先が長いせいかペースが全体的に遅い。いや、そのせいだけでなく前を走る選手の数が、さっきの3kmより少ないように感じる。エントリー数が3kmは500人強に対して、10kmは1,000人強。人数の比率だけ見れば私の前にさっきよりも倍くらいのランナーがいてもおかしくないのだが、実際はその逆。「これはどういうこと?」。1kmの通過は3分59秒だから、私自身はさっきの3kmよりも13秒遅い。となると、どうもこの日の10kmにエントリーしているランナーに前を走る早いランナーが少ないということに違いない。走りながら考えた結果、そういうことだろうと思いながら走る。結果的には、この想像は当たっていた。
右斜めの方に曲がってから、コースは緩く登りだす。2km通過は8分07秒(この1kmが4分08秒)、3km通過が12分31秒(同4分24秒)と如実にタイムに現れる。 4kmを過ぎて少し走ると折り返し。ここで前を走る同年代のランナーの数を数える。かなり目を凝らして数えたが、どうも2人のようだ。つまりこの時点で同カテゴリーで3番目。先頭を走るランナーとの差は大きいので、ちょっと追いつくのは無理と思われるが、2番目のランナーとの間は、レース展開によっては縮めることができるかもしれない。とりあえず2位狙いで後半も頑張ることにする。5kmの通過が20分49秒。2種目めなのでこんなものか。 3〜5kmあたりで前後を走るランナーとの出入りがあったが、後半はピタリとそれがなくなった。折り返してから小さな峠を超えれば今度は下りに入る。6kmの通過が24分52秒(同4分03秒)、7kmの通過が28分54秒(同4分02秒)とまずまずの感じで安定してきた。そして「Y字」の中心に来て、2つ目の折り返しの方に向かう。前後を走る選手との差がどんどん開き、このあたりからは単独走になってきた。 2回目の折り返しの前から同様にすれ違うランナーが増え始める。やはり、同年代の選手が二人いる。8km地点を33分07秒で通過。前の選手に追いつくのはかなり厳しくなってきた。
2回目の折り返し地点でUターンして後方を確認するが、後方の同年代の選手との差もかなり開いている。前にも追い付かず、後ろからも追いつかれない位置でモチベーションは少々下がっていた。最後に少々スパートをかけたこともあり、最後の1kmのタイムが一番良かったものの、順位としては変わらず。終わってみれば、二種目とも3位という、当初は予想もしなかった結果となった。また、また両種目とも3位となったこともあり、賞状をはじめいただいた副賞まで全く同じ。副賞の一つに日本酒の4合瓶があり、さすがにこれを2本持ち帰るのは少々重たかったが、ありがたくいただいて単身赴任先に持ち帰った。
本日の戦利品
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