第26回黒井峯遺跡マラソン大会 参戦記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
子持村と黒井峯遺跡 冒頭にも少し紹介したが、会場の渋川市立子持中学校のあるところは、旧北群馬郡子持村。平成18年2月に6つの市町村と合併し渋川市となった。もともとこの子持村の特産品はこんにゃく。コースからもあちこちに畑が見えていたが、どうもこんにゃく畑だったようだ。 現在の渋川市は、人口約87,000人。旧伊香保町も含む6つの市町村と合併したことにより、渋川市内に伊香保温泉があることになった。 そしてメイン会場の子持中学校の周りは「黒井峯遺跡」。 黒井峯遺跡は、6世紀に起きた榛名山の大噴火がもたらした分厚い軽石層の下から発見されたもの。昭和57年に発見されました。厚く積もった軽石を注意深く取り除くと、竪穴式住居はもちろん、穴を掘りこまずに、壁をめぐらして屋根をかけた平地式の住居や倉庫、牛や馬を飼っていた家畜小屋も見つかっっている。 建物を取り巻く垣根や道、そして苗代、祭りを行った跡も見られる。それまでの遺跡では見ることのできなかったものがぞくぞくとみつかり、古墳時代の村が、極細かいところまで、それも立体的にわかってきたというもの。「日本のポンペイ」として全国の注目を浴びた黒井峯遺跡は、平成3年に国の史跡に指定されている。 コース紹介(コースガイド) → こちらを参照してください。 片道4時間弱の移動 この大会の存在は、愛知県に住む走友のN村さんから聞いていた。参加料が500円(現在は2,000円)という珍しい大会。コースは、前半が登り、後半が下りというコース。東京からはやや遠い場所。簡単であるがこんなような情報が私にはインプットされている。 今日のスタートは10時40分。スタート時間としては遅い部類に入るが、事前にコースの下見をしたい私にとっては、スタート時間は遅い方が都合がいい。できれば会場には2時間近く前に入りたかったので、今回もJR本八幡を4時59分に出発する列車に乗って群馬県渋川市に向かう。
激坂に苦戦 本日の戦利品
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