2004村上・笹川流れ国際トライアスロン大会 参戦記 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
今シーズン最低記録を更新!体調は悪くはないのですが、天気さえず、成績さえず。緊張感がなく終わってしまったような感じでした。来シーズンに向け大いなる反省をした大会でした。
S村くんの荷物も載せて午前7時に出発。名古屋ICから東名高速に突入。途中、恵那峡SAで朝食を摂り一路新潟へ。2年前は雨の中を走行していったが、今回はかろうじて雨は降っていないので運転は多少気が楽チン。 中央道から長野道、上信越道を経由して上越JCTからは北陸自動車道だ。恵那峡SAからノンストップで走ってきても日本海に出るまで3時間ほどかかる。昼食をどこで摂るか相談した結果、このあたりで軽く食べようということになり北陸自動車道の米山SAで昼食を摂ることにした。 食券でうどんのチケットを買って食べようとするが席が空いていない。米山SAはそれほど大きなサービスエリアではないものの、軽食コーナーには異常なほど人が集まっていた。 それもそのはず、ちょうどBSでの大リーグの野球中継、それもマリナーズ戦を生で放送中。よく見るとちょうどイチローがバッターボックスにはいるところだった。257安打のタイ記録に並んだあとで、新記録が出るかどうかという打席だ。 固唾を飲んで見守る中、スコーンとクリーンヒット!見ず知らずの人たちが集まったここ米山SAでも大歓声と拍手喝采!わがニッポンを代表する選手のこの快挙にみな興奮していました。
ところがびっくり、雨も降ってきたこともあるが寒い寒い!長袖シャツも長ズボンも持ってきていない有様。完全に気温の読み間違いだった。車の中でS村くんと二人で後悔が始まる。2人で思わず苦笑い・・・。 気を取り直して瀬波温泉に向かう。 瀬波温泉に到着し、スイム会場の下見をするが、そこで見たのは、突風のすさまじさであった。スイムフィニッシュからバイクトランジットまで張られているフェンスがすべて倒されている。 沖では白波がテトラポットにぶつかりしぶきを上げまくっている。明日この気象状態なら当然ならスイム中止だ。 今回は、スイムの練習に多少余分に時間を割いてきただけに、「この風でスイムが中止になるのは残念だなー」と思っていた。 仮にスイムが中止になっても、バイクもこの風では大変なことには変わりがない。
宿泊先の村上駅前の石田屋旅館で朝食を摂って、一旦村上市役所へ向かう。一昨年と同様、ここに車を置いて自転車と荷物を持って瀬波温泉のスタート会場へ向かう。自転車で走っている途中から雨が降り出した。今日は風こそ無くなったが、雨で気温が上がらずトライアスロンならず「ツライアスロン」になりそうな雰囲気。 8時過ぎにスタート会場に到着。早速受付をし、ナンバーリングをしてもらう。 昨日の競技説明会では、スイムを750mに短縮するかもしれないといっていたが、結局750mの2周回で実施すると放送が入った。スイムが短縮(若しくは中止)になることをイメージしていただけにガックリ!やはりスイムの苦手意識を治さなければ行けない。
スイムから先行する彼と競るようなレース展開をしたことがないので、レースに関する印象はほとんど無いが、アマチュアレベルでは文句なしのトップクラス、いやトップだ。 スタート前の貴重な時間に、わざわざやってきてくれました。ありがとうございました。今大会も文句なしのぶっちぎりで優勝! 彼の強さの秘密知りたいなぁー! また、ゆっくりお話しすることがあればお願いします。是非とも聞かせてください。 それから、森下さん。このHP見ていましたらご連絡を(表彰式の写真が数枚あります)。
第1ウェーブもスタートのフォーンが鳴っても選手が誰一人気がつかず、拡声器越しに再度ならす有様。第2,第3ウェーブの選手たちからは失笑が漏れていた。 さて、次は自分の第2ウェーブである。35歳〜49歳までがこのウェーブ。本当は、年齢でウェーブを分けて欲しくないところだ。レースの展開に乗っていくという意味では第1ウェーブが絶対的に有利である。 エリート女子がまだ泳いであるためスタート場所がいい加減である。本来ならば、コースロープの後ろにすべきであるがここは、最後陸に向かって泳ぐ場所になっているのでフローティングで待っているわけにはいかない。今後スタート時間など改善する余地のあるところだ。 「フォーン!」雨が小降りの中をスタート。 今回あまりの寒さのためバイクで半袖シャツをを着用することにしたため、フルウェットの中も半袖シャツである。しかし、これが泳ぎにくい。泳ぎだしてから気がついた。「まずかったなぁー!」ただでさえ、フルウェットを使いこなせていないのにさらにこうである。肩まわりが動かしにくい。25分くらいの我慢と思って頑張ることにする。 昨日見たような波は消え、多少のうねりはあるものの決して泳ぎにくいというコンディションではない。 12分ほどで1周目を終了する。決して気分良く泳いでいたわけでもないにもかかわらず速い時間だ。距離が短い?やや疑問に思いながらも2周目に突入(写真上の一番手前)。 ここ数年、水泳の練習量(時間)が低下している影響があからさまに出ている。ついて行こうと思っている人についていけない。どうしても単独で泳いでしまうことが多い。しかしこれは明らかに不利である。水泳でも自転車でもランニングでもついて行くというのは、精神面もさることながら抵抗が著しく減少する。自動車でいうスリップストリームである。 第1ウェーブから第3ウェーブの選手に混じってスイム終了。陸に上がったときは25分を経過していた。速いの?それとも距離が短いの?
最近のパターンであるが、スイム終了後のバイクが走らない。長良川の時が顕著であった。今回も前を走る人をパスしていくが、スピードに乗っているという実感がわかない。バイク練習はほとんど早朝練習に頼っていて、ロングライドなどの練習回数はめっきり減っている。この影響かそれともほかに原因があるのかわからないが、いずれにしてもスピードに乗っていない。早朝練習ではまあまあ走れているのでもしかしたら決戦ホイールのせい? あれこれ考えながら前の集団に追いつこうと試みるが、15km過ぎに3人ほどパスした程度で、20kmの折り返し後は全くだれも抜くことができなかった。後ろから抜いていく選手もなく、まさに40kmを一人で走りきってしまった。 結果的に今回のレースではこれが致命的になってしまった。一人で走っていると速いのか遅いのかがわからないということである。もちろんスピードメータを見ながら走っているのであるが、風向きが変わったり坂があればスピードは変化する。 まあ、実力がない証明にもなるのであるが、バイクはドラフティングにならない程度に集団で走るのが良い。前者の後方5mはドラフティングゾーンでここにはいるのは禁止されている。しかしながら6m離れていればドラフティング効果はゼロかといえばそんなことはない。わずかではあるが、空気抵抗は減る。ルールに則った走行なら問題はない。5mの目安は、道路中央線に引いてある、白い点線のペイントである。この長さが5m。これよりも若干離れていればOK。しかし、天草でドラフティングを取られたように、離れていても集団が形成されるとマーシャルに感情的にドラフティングと取られることがあるので注意だ。 いずれにせよ今回は、空気抵抗を100%受けながら40kmを走りきってしまった。
今年1年はやはり練習不足で最後のランの追い上げも不発に終わることが多かった。バイクで一人で走りきったせいかバイク終了後の走り出しが重い。 瀬波温泉の土産物屋さんあたりで後ろから来る選手に抜かれる。リレーの選手だ。ランだけの受け持ちなので当然のことながら足が軽い。リレーの選手には村上駅前(4kmすぎ)でも抜かれる。後続からは抜かれる選手はいないが、かといって先行する選手をポンポン抜いていくほどのスピードが出ている感じでもない。5kmの通過も18分50秒ほどかかっている。2年前より1分ほど遅い。 気温はおそらく18度くらい。雨が降っているので体感気温は15度くらいで、冬ならたいした気象条件ではないが、今日はなぜか辛い。たぶん、気分的にのってこないせいだろう。走っていても軽快感がないのがわかる。 村上駅前では263番の選手が目に入る(写真上)。ふくらはぎに「E」とある。同じ40〜44歳のエイジの人だ。とりあえず前にいるならば抜いていかなければいけない。5km過ぎで追い抜く。まだ40歳代のエイジでは石川県の福島さんという強豪もいるので先を急がなければ。2年前の大会では6km過ぎに逆転したが今回は、最後まで影も形も見えなかった(10分も前にゴールして総合5位に入賞していました)。 ゴールの村上市役所を一旦素通りして、村上の古い町並みをくねくねと走る。昨日下見をしたところだ。一昨年は気持ちよく走れたが、今回はかなり苦しかったのでとにかく早くゴールしたかった。
練習量も練習量だけに、昨年と同様エイジランキングで30ポイント以内を目標にしていたが、完全に撃沈してしまった。 終わりよければすべてよし。終わり悪ければすべて悪しといったところで、今シーズンは過去のトライアスロンのどのシーズンと比べても満足がいかなかった。年だけのせいで片付けるのでは悲しい。 大会が終了して一週間。少し冷静になってこの悪かった成績の原因を考えてみました。
まあ、こればかりではないでしょうが、来年はまた心機一転、チャレンジャーの精神で頑張りたいと思います。今年も応援ありがとうございました。 |