第8回 検見川クロスカントリー大会 参戦記 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ムーンライトながら 今年3月に出場した第29回武蔵陵マラソン(東京都)と同様に、今回の遠征には「ムーンライトながら」を用いることにした。 ムーンライトながらは、もともと東京・大垣(岐阜県)間を走る夜行列車であったが、ムーンライトながらと愛称がつけられ、全席指定へ。また車両も、特急列車の車両を用いられるようになった。 しかしながら、夜行バスのダンピング攻勢に勝てず定期列車は廃止。現在は、夏休み、冬休み、春休みなどの期間中のみ走る季節列車になってしまった。 季節列車とはいえ、「青春18きっぷ」とセットとなると、ムーンライトながらは夜行バスよりははるかに割安になる。ムーンライトながらのおかげで、一日をフルに生かせるメリットがあるからである。 今回、千葉県まで遠征して大会参加費用以外にかかった交通費は、往復で何とたったの5,360円。時間はかかったものの、遠征の多い私にとっては変えがたいものがある。
東京大学検見川総合運動場 今回の会場は、JR新検見川駅から徒歩で10分ほどのところにある「東京大学検見川総合運動場」。約26万坪の広大な敷地が会場である。 もともとはゴルフ場だったところのようである。コースの下見をしていたところ、ゴルフの練習をしていた人に「ここは日本で二番目に古いゴルフ場だったんですよ」と教えて貰う。 また、東京オリンピック(昭和39年)の際には、近代五種競技の会場に用いられたほか、最近ではサッカーのJリーグチームの練習に使われたりすることもあるそうだ。 受付会場が「セミナーハウス」前とあるが、この広大な敷地のどこかは地図を見る限りわからなかったが、実際に行ってみるとこの敷地の南側に職員の宿舎があるが、その宿舎の西にセミナーハウスがあった。 さて、この東京大学検見川総合運動場。使用できるのは東京大学関係者だけではないようだ。 第4サッカー場か第5サッカー場の脇には、近隣の高校のサッカー部のものと思われる用具庫もあり、恒常的に部外者が使用している。 また、私がコースの下見をしている間に「富士通」のウィンドブレーカを着た外国人選手がジョグ(といってもかなり速いスピード)をしていた。富士通といえば、千葉を本拠地に活動している。 その外国人がエドモンド世界選手権の金メダリストのカマシ(10,000m−26分51秒49)か、青森山田高校出身のマーティン・ワウエル(5000m−13分54秒92)なのかは定かではないが、かれらも日常的にここで練習しているような感じだった。
コース紹介 今回会場に到着したのは何と午前7時。夜行列車に乗ってきたこともあるが、スタート時刻が午前10時なのでゆっくりとコースの下見をすることができた。 それにしても、12月の早朝は冷え込みむ。会場の東京大学検見川総合運動場の水はけの悪そうなところのあちこちに霜柱ができていた。スタートすることには、溶けてぐちゃぐちゃになるだろうが・・・。
5km部門、10km部門の同時スタートのレース
当初は、セミナーハウスのそばの更衣室を拠点にしていたが、天候もよく、スタート場所に近い方が何かにつけよさそうだろうということで、荷物などをスタート場所の近くに9時過ぎに移動する。 今回のエントリーは、参加者は昨年よりも200人以上も増え734人。東京マラソンから始まったマラソン人気がここでも健在のようだ。会場は東京からも近く、面白いコースだけに参加者が増えるのはいいことだ。 10時ちょうどに、この700人ものランナーが一斉にスタートする。 スタート場所がちょっと狭いので700人が一斉スタートというのは、ちょっと狭い気がする。 会場そばのトイレに並んでいた関係でスタート場所に並んだのは、スタートの3分ほど前。最前列から3列目くらいに入れてもらう。 「10秒前」の号令以降はピストルのみ。10時ちょうどに一斉にスタートする。 スタートしてから100mも行かずにいきなり左折。ここで少し渋滞する。 ラグビー場横を通り抜け、野球場の横あたりがグランドコンディションが悪い。多くの選手は舗装路を走る。黄色の旗よりも右側を走るルールなので、舗装路でもOKだ。 前には20人ほどの選手がいるようだ。 5kmの部も10kmの部も同時スタートなので両方の選手を合わせた数になる。背中になぜかナンバーカードのない選手が5km部門。ナンバーカードを付けた選手が10km部門であるが、私の出場している5kmの選手が同じ年代かどうかがわからないのがちょっと気になる。ただし、10kmを走る選手の上位グループとペース的には似たりよったりなので、一緒に走るのにはペースメーカ的で走りやすい。 さて、第4サッカー場から第2サッカー場へ向かうところ2、で最初の登り坂になる。 後ろから見ると、最短コースを登っている選手の多くは坂の途中でもがいている。近づいてよく見ると、坂の途中でスリップしているようだ。やはり、この坂の途中で地肌が出ているところでつるつる滑り前に進まないようだ。 私は芝の生えている右側からやや遠回りをしながら駆け上がっていく。ここで数人を抜き去る。やはり下見はすべきとあらためて感じた。 第2サッカー場を通り抜け、下り坂を下った後に、第2の坂を登る。このあたりは、右へ左へ曲がりながらのアップダウンで面白いコースとなっている。 私はといえば、序盤ゆっくり目のペースで入ったので、適度に気持ちのいい状態で走っている。 昔ゴルフ場のグリーンだった跡をぐるりと廻り、下りながら第3の坂を目指す。 このあたりで100mほど前に、原田さん(埼玉県)のような走りをした選手がみえてくる。大会前に「この大会に参加する」とメールをもらった。私と同じく国盗りをしている同士だ。5月に青森県「三戸桜マラソン」で会って以来今回で3回目の顔合わせになる。若いだけあって私よりもずいぶん前を走っているが、今回は少しずつ距離が縮まっていくような感じがする。起伏のあるコースが苦手なのだろうか。 第4の坂を登り、ぐるっと廻りテニスコートに向かって下りだした頃には、原田さんにかなり近づいた。ホッケー場の横あたりで原田さんにとうとう追いつく。前半飛ばしすぎなのだろうか。抜いていくときに「原田さんファイト!」と声を掛けていくが、元気がなさそうだった。 一周目のラップタイムは10分03秒。 5km壮年男子の部の大会記録が20分16秒なのでいいペースだろう。単純に倍にすれば、大会記録更新となるが疲労感があるのでそこまでは期待できないかもしれない。それよりもまずは勝つことが最優先。
それよりも私が一周終わった頃に、先頭は既に300mほど先を走っている。かなりハイペースだ。間違いなく5km部門の選手だろう。 2周目になると先ほどのおさらいが始まる。 ぬかるんだところを如何に避けながら走るか。そのことに気を配りながら走るが、アップダウンのジョブが2周目になると効き始める。 第1の坂はともかく第2の坂あたりから脚の動きが悪くなる。このあたりから後続の選手にやや追いつかれだす。10kmの選手はここを4周回するので、たった2周しか走らない私は負けるわけにはいかない。 第4の坂あたりからは、明らかにペースが落ち始めていたが、残り500mと自分に言い聞かせて頑張る。 ラグビー場横で5kmの部の選手に一人抜かれるものの、何とか40歳以上ではトップでゴールすることが出来た。ゴールタイムは20分30秒。2周目は大きく崩れたため大会記録の更新はならなかった。
JR新検見川駅前で食事会 今回、私と同様国盗りを目指す前述の原田さんは残念ながら優勝ならず。 私は、これから名古屋まで長時間の鈍行の乗り継ぎで帰るので、今回は観光の予定なし。原田さんも自宅へ帰宅するだけのようなので、「じゃあ昼ごはんでも一緒に」ということでJR新検見川駅前で昼食を一緒に食べることにした。 会話の内容は、主に遠征の方法と来年のレース予定。 私の場合、遠征はケチケチ派。 今回のように夜行列車で乗り付けてそのまま走ったり、長時間のドライブで会場近くに乗りつけ車中泊もする。過去の経験からも10km程度までの距離であれば、睡眠不足も大して影響が無いと考える(ハーフマラソンとなるとちょっと微妙かもしれないが・・・)。コンディションを整え100%のパフォーマンスを出すことを目指すというよりも、コンディションが悪くともきっちりと95%以上はいつでも出せるようにすることを優先している。速さよりも強さを目指しているといったほうが適切かもしれない。
レース後の観光を楽しむのは私と同じであるが、彼はきっちりとコンディションを整えて戦う派。強さより速さを求めるようなタイプで、私とは正反対のようだ。アプローチの仕方は違うものの目標は同じ。年齢も20も違いバトルする間柄でもないので、これからも情報交換しながら互いに国盗りを進めていきたいと思う。 本日の戦利品 3,000円払って、優勝したにもかかわらずもらったものはA4サイズの賞状1枚。参加賞は、干支の寅のタオル一枚。ちょっと寂しいばかりだ。 地方自治体ではなく、共産党系の団体である新日本スポーツ連盟の主催だから仕方あるまいか。まさかとは思うが、われわれの参加料の一部が政党の助成に使われていることはないだろうか。 |